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山家

 山家と書いて「やまべ」と読むらしい。店内に入るまで知らなかった。店の入り口はすりガラスになっていて、ぱっと見では店内の様子はわからない。おじさんが慣れた様子で外から覗き込み、諦めて去っていった。近所に住んでいて、空いている時だけ来ているのだろうか。店外には行列はできていないけれど、中で待っている人でもいたのかな、と想像しながらのれんをくぐる。
 店内はすべてカウンター席。カウンターの後ろに座って待つよう指示された。カウンター席の後ろには、客席からギリギリ手を伸ばせそうな距離にコート掛け用のフックが作りつけられており、その下にずらっとベンチが並んでいる。座って待つ先客が5人くらい。コートが後頭部につかないよう気を付けながら座る。お客さんが通るときは通りやすいよう膝を引っ込める。
 ベンチの奥側に座った人から順に呼ばれて席につく。カウンターに向かうと、お茶と漬け物がすでに準備されていた。「ご注文は」と聞かれて、咄嗟にカウンターの上を見るもメニュー表はなく、少々焦りながら壁に貼られた短冊を見てロースカツ定食を注文する。コロナ対策のパーテーションが1席ごとに並んでいるが、席の間隔は狭め。肘が当たらないかちょっと気を使うくらい。カウンターの端のほうでアジフライを単品で追加する声を聞いて、頼んでおけばよかったと後悔した。たださすがに、カウンターの後ろにずらっと座られた状態で今さら追加注文するのも気が引けた。
 スタッフは家族経営なのか、60代くらいの男女と、息子みたいな若い男性。あと外国風の顔立ちの男性。インド系かな?この辺だし。揚がったカツをお父さんがカットしていく。ジュウジュウと湯気を上げるカツをまな板に乗せ、ザクザクと切っていく。あんな熱々そうなものよく切れるな、さすがプロだな、と思っていたらやっぱり熱いらしく、何度か手を引っ込めている。なんだか安心した。注文のアジフライを「カキフライ」と聞き間違えるお父さん。「カキフライなんかねぇだろ」とぼそっと突っ込むお母さん。使い古した金色のアルミ鍋。なんだかほっこりする店だな。

 ロースカツ定食が届いた。カツとキャベツの皿、ごはん、漬け物、しじみの味噌汁。ロースカツ定食と聞いて想像するそのままの光景。とんかつ屋の味噌汁って、なんでしじみが多いんだろうね。ロースカツにはきつね色になった小粒のパン粉が控えめについた衣、ちょうどいい厚みの、脂の控えめなお肉。適度に脂を削いであるのかな。いくらでも食べられる感じ。ロースカツ定食(大)もあったから、こっちにしておけばよかったな。

 あっという間に食べ終わってしまった。しじみの身をきっちりつまんで、漬け物とお茶を平らげる。会計は席で済ませるタイプみたい。席を立つときには食器をカウンターの上の棚に上げておくよう、お願いする貼り紙があった。確かにこれだけ並んでいたら、その方が早く案内できるし良いな、これだけ狭いと客席側まで回ってくるのも辛いよな、と思って気がついた。
 客席裏が狭いのはベンチがびっしり置かれているからで、それはおそらく店外に立って並ばなくて済むためのやさしさ(冬は寒いしね)。カウンターの上にお茶とか漬け物が既に置かれているのは、料理が出るのを待つ間に漬け物をかじりながら待ってもらうため。席の間隔が狭めなのも、早く案内できるため。店ができた当時はここまで行列の並ぶ店になる想定じゃなかったんじゃないかと思ってしまうレイアウトながら、待たせるのが申し訳ないな、というマインドで組み上げられたシステムに見えてくる。こういう形のやさしさとかホスピタリティもあるんだな、と考えさせられた。

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