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1LDKの雛人形

「絶対これにする!」

娘の初節句を控えた4年前の1月下旬。
私たちは近所のアカチャンホンポで、3段飾りの雛人形を購入した。

1LDKの我が家には、少し大きい雛人形。
本当にこれで良いのか、正直かなり悩んだ。
けれど私は、当時の自分の選択が正解だったと、
今では自信を持って言える。



私が雛人形にこだわるのは、自分の思い出があるからだ。
私は下に弟が2人いる、3姉弟の一番上。

約30年前の私の初節句の際に、母方の祖父が7段飾りの雛人形を買ってくれた。
当時、アパートに住んでいた両親。狭い家をどんと占領する7段の雛人形。
狭い家でよく7段の雛人形を買ったなぁと小さい頃の私は祖父の行動を不思議に思っていたが、実家で1枚の写真を見つけて私は祖父の気持ちがなんとなくわかった。

狭いアパートで、7段の雛人形の前に座る祖父。
その祖父のあぐらの間に、1歳の私がちょこんと座っていた。
そして頑固であまり笑わない祖父は、少し照れていた。

祖父にとって私は初孫だ。きっと、嬉しかったのだろう。
孫の成長を願う気持ちが表れた雛人形。アパートが狭いかどうかなんて、関係なかったんだと思う。
そんな祖父は私が3才のころに病気でこの世を去ってしまったから、
本音はもう聞けないのだけど。



私は中学生くらいから母との仲がうまく築けなくなって、
母を避けるような日々が続いていた。
毎日イライラしていたし、自分の存在意味もわからなくて、
消えてしまったらどんなに楽かと、泣いた夜も数え切れない。

母も母で、多分悩んできたと思う。

それは、母が毎年雛人形を飾ってくれたことが証拠だ。
母娘の仲が最悪でも、どんなに口を聞かなくても、
母は雛人形を飾ってくれた。

そして私に「飾ったよ」と一言。私は「うん」だけ。

私は雛人形に興味のないふりをしていたけど、本当は、とても嬉しかった。

思春期に人生に悩みながらも、今ちゃんと生きていられるのは
母の気持ちが私に伝わったからだと、思っている。

言葉では伝えられなかったけど、【雛人形を飾る】という行動で。

だから私も、同じことをしたいと思った。

考えたくはないけれど、私と母のように、私も娘とうまく会話できない日がくるかもしれない。
私が原因で娘が自分自身に悩む日がくるかもしれない。

そんなとき、自分が大事にされてきたことを、自分自身で気づけるような思い出があったなら。

娘の人生は、きっと大丈夫だと思う。

だから私は、時間をかけて、そして体を動かして飾る、大きな雛人形が欲しかった。
私たちが買える範囲で一番大きな雛人形は、この3段飾りだった。



店員さんに「最近は親王飾りが主流ですよ」と言われようとも、
私は自分の気持ちを貫いて3段飾りを選んだ。

去年から一緒に飾るようになった結果、娘は雛人形が大好きになった。
自分の選択は間違っていなかったと自信になる。

このように、私は買い物———特に人生に関わる大きなものは、自分の気持ちを大事にして決断するようにしている。

そしてきっと、これから家の問題が出てくる。

賃貸か持ち家か。戸建てかマンションか。正解のない永遠のテーマ。

どんな家に住もうと、それは「自分の気持ち」を叶える手段であって。

「自分」と「家族」が何を求めているのか。
それを叶えるにはどういう暮らしが良いのか。

このベースを忘れないようにしたい。

ただ、雛人形には強いこだわりがあった私だけど
家に関しては全くない。マイホームの夢、というのもない。
世間では少数派な1LDK4人暮らしを続けているのも、それが理由の一つだ。

きっと何かきかっけがあれば私の心は変わると思う。
今は賃貸派でも1年後には戸建てを買おうと思っていたり。
そういう、自分自身の気持ちが動く瞬間を、私はこの家で探している。


家でも何でもそうだけど、大事なのは自分の気持ちを知ること

雛人形を買うときに「絶対これがいい!」と思ったように、
決断した自分に自信が持てる選択をし続けていく。

その姿も、子どもたちに見せていきたい。


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