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富士のある風景(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「ふ」から始まる言葉がたくさん入っています。

丘の途中にある一軒家をご存じだろうか?
 
この家の持ち主である花子さんは、ふんわりとした雰囲気でいつもニコニコしている。
身体がフリーでいられるふわっとした服が好きで、髪は栗色のふわふわのロングヘアー。庭のフリージアに水をやっている姿はファンタジーの世界の一コマのようだ。
 
少し前に夫が亡くなったが、このままこの家に住み続けたかった花子さんは、いろいろ考え、あちこちに相談した。そしてこの家をシェアハウスにすることに決めた。
部屋を提供して部屋代をいただき、生活費はみなで負担する。とても良い方法だと花子さんは思ったのだ。
この家に踏みとどまりたいという強い決意が、花子さんを奮い立たせた。
 
鳥子さんは、花子さんの幼馴染である。
きりりとしたショートカットで、剣道が趣味なせいかいつも背筋がピンと伸びている。ガッシリ鳥子さんと、ふんわり花子さん。「全然違うのに仲がいいのが不思議」とよく言われたけれど、深い友情でつながった二人はそう言われることをむしろ面白がっていた。
鳥子さんは、花子さんのふっくらしたオナカをよくつまみたがったし、花子さんは花子さんで、鳥子さんの割れた腹筋をときどきさわらせてもらうという、ふれあいごっこも定番だった。
赤毛のアンの言葉を借りると“腹心の友”と呼べるあいだがらだ。
 
花子さんの夫が亡くなったときにもそばにいた鳥子さんは、花子さんのことを心から心配していた。仲のよい夫婦だったから余計に。
だからシェアハウスに誘われたときは二つ返事でOKした。そしてシェアハウスのルールを作って花子さんに提案した。
花子さんは目を通して「ふむふむ」と言うと、ニッコリと微笑んだ。

風の子と書いてふうこと読む風子さんは、名前の通り風に乗ってふらりとあらわれた。
家の表の「シェアハウス同居人求む」という貼り紙を見て尋ねてきたのだ。
風子さんの名前を聞いたとき、二人とも名前にピッタリの人だと思った。なぜなら風子さんが話しているあいだ中、風鈴がきれいに響いていたから。
フランクな話し方のなかに知性が感じられる風子さんを見ながら、花子さんは「ここの住人にふさわしい」と入居を快諾した。鳥子さんは風子さんのキリリとした風情に「武士のような風格がある人だと思った」と、後に語っていた。
細い身体なのによく通る声は、どうやら腹式呼吸の賜物らしい。ずっとフリーで演劇をしてきたという風子さんの武勇伝を聞くのが、花子さんも鳥子さんも楽しみだなと思った。風子さん自身は自分のことを風来坊と呼び、そのうち芝居もお見せしましょうと言った。

月子さんは、花子さんの亡くなった旦那さんの妹だ。女手ひとつで育てた一人息子はとうにふるさとを離れているため、シェアハウスに誘ったところ、喜んでとすぐに返事がきた。
夫が生きているころは交流が深かったわけではないが、筆まめな月子さんから届く節目節目の便りに、花子さんは波長が合いそうだと思っていた。前置きもなくポンとふところに飛び込んで誘えるのは花子さんの特技とも言えるだろう。

月子さんは小柄で、若いころはプリンセスと呼ばれていたくらい可愛らしく清楚な風貌だが、なかなかどうして太っ腹な人物である。
後で聞いたところによると、シェアハウスへの入居は勘で即決したらしい。
ずっとファッション業界にいて、ブティックを数店経営しているけれど、今どきはどこに住んでいても仕事は成り立つらしい。
普段の服装もファッショナブルな月子さんは、みんなの目も楽しませてくれる。最近のブームもわかって嬉しい。


四人の共通点は特になく、強いてあげれば分別がある大人ということくらいだろうか。
見た目も性格も過ごしてきた環境も違う人たちで暮らすシェアハウスに少しの不安はあったが、蓋をあけてみたら想像していたより実に愉快なものだった。

二階にある4部屋は、鳥子さん、風子さん、月子さんがそれぞれ一部屋ずつ使い、残りの一部屋はゲストルームだ。友人やファミリーを気兼ねなく泊められるように準備してある。
一階には花子さんの部屋と、広めのリビングとキッチン、お風呂がある。
高齢と言われる年齢にさしかかっている四人だが、おかげさまでまだ階段を使う生活は問題ない。
それでも上下階ともにトイレを作っておいてよかったなと、花子さんは思った。

四人はリビングでお喋りすることも多いが、それぞれの個室へお邪魔することもよくある。
同じ作りの部屋でもインテリアがまるで違い、その違いがまた楽しかった。
雑誌の付録もおしゃれに飾る月子さん、さっぱりした部屋にフレッシュなフルーツやグリーンを置いてアクセントにしている鳥子さん。風子さんの部屋は、船旅の途中でもらったという仏像が箪笥の上にデンと鎮座ましましている以外は混沌としている。
庭が見える花子さんの部屋は、レースで縁取られた小物があちこちに飾ってあり、不思議の国のアリスの部屋のようだ。


専業主婦だった花子さんは家事全般大好きだが、鳥子さんのアドバイスで家のことは分担制にした。ルール決めといい、花子さんに不慣れなことは鳥子さんがカバーする絶妙のコンビネーションだ。

最初は曜日で担当を決めていたが、一緒に暮らすうちに得意な分野がわかってきて、今ではより効率的に楽しく回している。
剣道場で鍛えた鳥子さんの拭き掃除には誰もかなわないし、風子さんの布団叩きは絶妙だった。
月子さんは服のプロといった感じの洗濯やアイロンがけをしてくれる。おかげでクリーニング屋さんにお願いすることがほとんどなくなった。
ひと仕事が済んだあとのおやつは、花子さんが作ってくれる。手をかけたフォンダンショコラやフィナンシェも美味しいけれど、一番の人気はふかし芋。


いい天気の日はふかし芋をもって、丘の上にあるお寺の横の公園に行くこともあった。
こんなときは商店街の福引で当てたアウトドアコーヒーセットが大活躍する。
四人で暮らし始めた最初の冬に風子さんが引き当てたもので、副賞でついてきた風呂敷にふかし芋を包んでいそいそと丘をのぼるのだ。目の前でお湯を沸騰させて入れる珈琲の香りと味といったら!!
四人はそれぞれに心からホッとひと息つくのだった。

もともと風光明媚で有名な土地なので、小さな丘からでも風景を堪能できる。
街並みを見下ろしながら、この年齢になってようやく人生を俯瞰できるようになってきたのかもと、お互いに考えているのが通じている気がする。振り返るのも先を見るのも、自分の自由なのだ。

今日も四人で丘にのぼってきた。こうして楽しく歩くのも老け込まない秘訣なのかもしれない。

珈琲を入れ、ふかし芋を頬張っていると、
麓から吹き上がった風が雲を連れていったのか、不意打ちのように富士山の姿があらわれた。

四人がそれぞれに富士山を眺めながら、胸のなかで深まるものを噛み締めていた。

鳥子さんが「この景色は神様からのプレゼントね」と呟くと、月子さんが「自然の美しさはヒントになるわ」と言ってスケッチをはじめた。
花子さんが持ってきていたフルートを吹くと、風子さんが静かに舞い始めた。

風も一緒に動いている。

やるせなさに震える朝も、ふさぎこんで眠れぬ夜もあった。
それでも一度も不幸だったことはなく、私たちはいまここに、はれやかな気持ちで存在している。

風子さんが舞をやめると、風も吹くのをやめたのか、富士山はまた雲に隠れた。



公園の隣のお寺の不動明王さまに「また伺います」と手を合わせて、四人は一緒にシェアハウスに帰っていく。

帰った後は、それぞれがそれぞれの生活に戻る。

ふとした瞬間に花子さんが「一度みんなで富士山に行ってみたいわねえ」と言ってみたら、みなそれぞれしあわせそうに首を縦にふった。

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