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傷口

ただ切実に懸命に生きているだけなのに、なんの前触れもなく通り魔に襲われることが私の人生では中々にある。

ナイフの当たりどころがよかったのか、痛みに慣れたのか、私の治癒力が上がってしまったのか、ここ1年は過去に感じていたような痛みは感じなくなり、回復も早くなった。

今の私は、大抵の傷は自分の力で治すことができる。


しかし極たまに、まだ治療法のわからない急所を刺されることがある。

刺された直後はあまり痛くなくて、時間の経過につれてその痛みをじわじわ自覚する。

そして、刺した相手の顔をふと除くと、それは大好きなあの人だった。

私は、刺した本人が私に気がついていないと確信し、本当は今にも倒れ込みそうな両足にグッと力を込め、そっと傷口を隠し、まるで何もなかったかのような顔で帰路に着いた。

案の定、傷は深く、私のお気に入りのワンピースは赤黒い血で染っていた。

私は、薬もなく治し方もわからないその傷に、ガーゼを当てることしかできず、不器用な私の応急処置は少しの刺激で簡単にとれてしまうものだった。

今、君の前で服を脱いだら、私がもうボロボロだってバレてしまうね。

だから私は、君にまた会うときは、まだかさぶたにもならない傷口を特殊メイクで覆い隠し、さらにできるだけ沢山の服を着込むようになった。

だって君は、私に大きな傷を負わせたのが自分だったと知ったら、君自身を責めるじゃないか。

もうそんな君を見ているのはいやなんだ。

普段の社会生活の中で慢性的に自責思考する君。

どうか私との時間だけは、自分のことを大切にしてほしかった。



そこまでしても私は君といることを選ぶんだ。

君との時間でしか得られない特別な感受がある。

君の笑った顔が好きだ。

それだけだった。

これが誰かからみたら愛じゃなくても、
歪んでいると罵られようと、
関係がすでに破綻していようと、
本当の意味では既に君を失っていたとしても、
そんなことはどうでもよかった。

君を失っているという事実に一生気がつくことなくただ君の揺蕩いをできるだけそばでみていたい、それだけなんだ。

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