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ヴァリス

膨大な情報が人を狂わせる、という小説。

フィリップ・K・ディックは高校くらいのころから個人的なアイドルだ。全部は読んでいないが、いろいろと読んではいる。そういう自分から見て、本作はディックの円熟というか、今までにない壊れっぷりがとてもよかった。ただ、ディックの小説をいくつか読んでいる人でないと、本作は楽しめないのではないかという気はする。

主人公はホースラヴァー・ファットというヒッピーくずれの男だ。実は彼はフィリップ・K・ディック自身でもある。つまり、ディックの別人格がファットなのだ。ディックはファット(つまり自分)が狂っていることを知っていて、客観的な視点でファットの行動を記録する、というのがこのヴァリスという本のスタイルだ。
ファットはグロリアという女友だちの自殺によって狂気が深まっていく。彼はヴァリスと呼ばれる情報を発信するシステムから、啓示を受けたと信じている。自分の神学体系を作り上げていく。その過程で救世主と出会う。救世主はファットとディックが同一人物であることを指摘し、ファットは消える。
しかし、救世主が殺されて、再びファットが戻ってくる。ファットは救世主を探して世界中を旅する。ディック自身もテレビから流れる映像にヴァリスからのメッセージを発見し、啓示を待ち続ける。

現実のディックが書いてきた小説にはいつも模造品があふれていた。「電気羊」では、デッカードが最後に発見した本物のカエルが、実はロボットだということがわかるところで終わる。今までは、本物だと思っていたものが模造品だとわかったところで、解決になっていた。
ヴァリスでも模造品は出てくる。ヴァリスと呼ばれるシステム自体、妄想の類なのだろう。しかし、おもしろいのは、模造品だとわかった時点で解決するのではなく、ファットを客観視していた(登場人物としての)ディック自身が啓示を待つことになる、つまり、模造品を本物だと信じてしまう。このあたりが今までのディック作品と違うところで、一歩踏み込んだ印象があった。そういうこともあって、今までにない感動があった。

ディックの作品にはいつもある種の悲しみがある。そして、人間に対する深い洞察もある。これはディックの人間味であり、そういうものを作品に持ち込み、滲み出させることができたのが、ディックの持ち味だったのだと思うし、自分が魅了されるひとつの要素なのだと思う。

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