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『歌壇』2021年8月号(3)

⑪中西亮太「歌人斎藤史はこの地で生まれた」〈史はその文学活動の最初期から誰の選も指導も受けることなく作品を発表していた。史に、いわゆる歌の師はいなかった。〉こういうことも普段は意識せずに歌集に接している。次項の「女友達」の記述も興味深い。

 1928年の集合写真も、さりげなく掲載されているが、故人の歌人同士の年齢差を改めて実感させてくれるものだ。20歳前後の斎藤史と7歳の安永蕗子。写真で見ると「これぐらいの年の差」というのが実感できる。今感じている歌人同士の年齢差もそれが過去になれば、大した差でもなくなるんだろうな。

⑫藤岡武雄「斎藤茂吉・滞欧ものがたり」第一人者の茂吉論が始まった。〈茂吉がウィーンやミュンヘンんで研究を続けていた時期は、オーストリアもドイツも烈しいインフレーションが進行していたときである。(…)日本留学生等は大いに生活を享楽出来たのである。〉藤岡らしい細かい資料を駆使した詳しい論。今回は茂吉が「行を共にした」女性たちを表にして紹介している。交際と言ってもお金を介したものなのだろう。純粋に読み物として面白いとは思うのだが、一女性としては割り切れない気持ちも起こる。

⑬沖ななも「百人百樹」母の言葉風が運びて来るに似て桐の葉ひとつひとつを翻(かえ)す 岸上大作〈葉は大きく、風に翻るところは、母の言葉を風が運んでくるという比喩にふさわしい。母親と別れて暮らす若い男性にとって、そうした甘やかな気持ちにもなることだろう。〉いい比喩と評。

⑭沖ななも「百人百樹」青桐の下にたれかを待ちながら土曜日はひまさうな自転車 永井陽子 〈持ち主不明の自転車に人格を与えているのだが、自分自身を投影しているか。休日ではない土曜日の中途半端さ。かつて土曜日は半日休暇だった。〉自転車は永井自身、うん。ひまさうな、がいい。

⑭谷岡亜紀「平成に逝きし歌びとたち 築地正子」谷岡選の築地短歌がめちゃめちゃいい。特に『花綵列島』の歌。この歌集、既読なんだけど…。こんないい歌あったっけと思う。読む時期によって響いてくる歌が違うから、歌集は何度も読み返す楽しみがあるのだなあ。とにかく一首一首が濃い。

雲は禱りの時を流れて春近しふりおろす為にふりあぐる斧 築地正子
また遇はむ偶然もなきすぎゆきの痕なき痕を歳月といふ           わたくしの絶対とするかなしみも素甕に満たす水のごときか
        未晒しの木綿のやうなる心にて死ぬまで生きむそれだけながら 
谷岡の選歌眼がすごい。

2021.9.1.~2.Twitterより編集再掲