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『塔』2020年2月号

くちづけを離すそのとき言の葉は言葉とならず揺れるコスモス 中村成吾 口からもれた音は言葉にならなかった。身体の揺れ、音の揺れ、心の揺れ、全てを入れて揺れるコスモス。

坂と坂の交わるところ思う人のあれば一層ふかく呼吸す 金田光世 坂が複雑に入り組んでいるのか、上下に続いた坂か。坂がもう一つの坂と出会うところでいつも深く息をしていた。今はいつもよりもっと深く息をする。思う人が深い呼吸を、深い呼吸が思う人を連れてくる。

③中田明子「恋愛・ジェンダーはどのように詠われてきたか」〈性差とはという問題を根本的、懐疑的に、そして現代的に問い直しつつもイズムとして詠って終わらせるのではない。詩として昇華させていくものであることが心に刻まれる。〉引用歌も良く、考察も深い、とてもいい評論だ。

④田宮智美「わたしの休日:しつけ糸」 〈大伯母にとってのしつけ糸の付いた着物のようなものが、わたしにもありました(…)ああ全部、わたしが解き放たないと。〉わかる。物にこもる情念のようなもの。家に満ちている。この「解き放たないと」の切迫感から思わず自分の残り時間を考えた。

葉脈のひとつひとつに窓がありステンドグラスがぜんぜん足りない 大森千里 葉脈の窓って何だろう。一本の葉脈にあるのか、葉脈と葉脈の隙間のことか。それにしてもステンドグラスとは!発想のジャンプが楽しい。ひとつひとつ、ぜんぜん等のひらがな書きも童話のようで効果的。

好きだとか嫌いだとかはもうなくて睡眠薬を飲んで見る夢 中山悦子 この虚無感。当たり前のように毎晩飲む睡眠薬。きっと見る夢も索漠としたものだろう。今月の四首目〈嵌め殺しの窓の内側わたくしは声を失う金魚のように〉も閉塞感が迫って来る。

木星と知りて見たるは初めてと遠くの町の君に伝ふる 加茂直樹 今まで何気無く見ていたけれど、あれが木星なんだと自覚してみたのは初めてだった。それを君に伝える心の弾み。木星の遠さと君の住む町の遠さ、星の明るさと気持ちの明るさが響き合う。

これからを存在させないかのように雪はすべての音を消してく 希屋の浦 雪による無音。上句から強い圧迫感を受ける。「消していく」ではなく「消してく」という言葉遣いもこの歌の迫力に合っている。短歌に使われる口語も、実際の話し言葉の変化とともに変わっていくのだ。

父の恋人にもらひし百科事典積んで納戸の電球を替ふ 川田果孤 おしゃれで、少しレトロなフランス映画のような道具立て。サガンっぽい。父の恋人にもらった物を踏む、というのはよくある屈折だが、「恋/人」という句割れは短歌特有の鋭さ。

2020.3.4.~12.Twitterより編集再掲