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『短歌往来』2022年11月号

幸福な死に方をするひとたちがドーナツをちぎる指をよごして 魚村晋太郎 幸福な死に方をする人たちは幸福な生き方をしている。主体は自分はロクな死に方をしないと思っているのかも。しかし幸福な人たちがうらやましいわけでもない。ドーナツに汚れる指へのかすかな嫌悪感。

②草木美智子「栗木京子戦争詠論」
名月がうすく汗ばむ夜に読めり仕返しやめぬうさぎのこころ カチカチ山 栗木京子
〈「カチカチ山」では、優しいおばあさんをだまして殺した狸を、うさぎが「仇をとる(=狸を殺す)」ことで終わる。恩返しという美談だが、「うさぎのこころ」の真実は不明である。果たして、「しろいうさぎ」は正義の象徴なのか。栗木は、日本の昔話を当時の世界情勢に重ね合わせ、おばあさんの「仇をとる」ことは結局「正義と言う名の報復」であり、「うさぎのこころ」にあるのは「憎悪」ではないか。そして、それは(…)現在も世界中で続いていると表現する。〉
 栗木京子論で戦争に的を絞った論。特に、歌を引いて丁寧に読んでいるのがいい。ここに引いた一首とその読みは太宰治の「お伽草紙」もうっすら想起させられ、興味深かった。ああ、栗木にはこんなに戦争の歌があったんだ、と改めて認識した。

春の夜のシフォンケーキはほぼ空気 ほろほろ空気を零しつつ食む 三井修 この歌、大好き。実は「塔」のZoom歌会で出会い、迷わず点を入れた歌。シフォンケーキって、そう、空気なんですよね。古典和歌のような初句から、柔らかくシフォンケーキに描写が流れるところがいい。

少しずつこの世とずれていくことはこの長針の意志やも知れぬ 三井修 いや、そんなわけはない、と分かりつつも、頑なにずれていく長針を見て、思わずつぶやいている。ただ時計が遅れているだけなのだが、上句の大きな把握と下句の落差で読ませる。「意志」が効いている。

⑤川本千栄「書評」江田浩司評論集『前衛短歌論新攷』〈本書は六百ページを超える大著であり、著者の四十代・五十代に書かれた歌人論を中心に編まれている。〉書評を書かせていただきました。皆様ぜひ、お読みください!大変な熱量の詰まった一冊です。

2022.12.1.Twitterより編集再掲