『塔』2019年11月号

①吉川宏志「青蝉通信:落合直文の歌の新しさ」落合直文とはシブい選び。和歌と短歌の分岐点にいる人と思う。引かれている歌〈恋のために身は痩せやせてわが背子がおくりし指輪ゆるくなりたり〉は女性になり代わって詠んでいる。こういうところに和歌の名残りを感じる。

くるおしいほどの焦燥には雨をトムソンガゼルの群れと東へ 中森舞 先月も引いた作者の歌。今月は新樹集に選ばれている…!「トムソンガゼル」「東」にセンスを感じる。

一本道の右も左も水平線いくさのありし環礁の島 加茂直樹 読むだけで視野が開けるような風景描写と「いくさ」という重い歴史を含んだ一語。空間的・時間的に広さと深さを持つ一首。これ以外の歌もとてもいい、読み応えのある一連だった。どこの島ですかー?

ふとももからひざにかけてが冷たくて夏の難破船みたいなからだ 上澄眠 個人の体感だが共感する。「夏」「難破船」の頭韻が効いている。また、この四句の醸し出すボリューム感はすごい。結句が字足らずに感じられるほど。

まぁいつか忘れるだろう 冬空は澄んでいてちょっと切り傷みたい 長谷川麟 「忘れない」より「忘れる」方が難しい。意志で制御できないから。「まぁいつか」と時に任せるしかない。そこに惹かれる。景も心情に合っている。「いて」で延びて「ちょっと」で詰まるリズムもいい。

⑥永田愛「九月号三井修選歌欄評」お好み焼といえば出てくる我が夫は飛び散らせつつキャベツを刻む 加藤紀〈手慣れているのなら飛び散らせなくても刻めるぞ、という読みもありそうだが、作中主体はそれも容認しているのだ〉…この夫、可愛過ぎる。選歌欄評で『塔』を二度味わう。

⑦川本千栄【平成短歌を振り返る 第七回】「家族はどのように詠われてきたか」自分の論ですが…。政策の変化が、家族観をどう変えてきたか。三十年のスパンで、この二つを絡めて書いたのが、この論のオリジナルなところだと思っている。ぜひご一読下さい。

2019.11.28.~12.4.