『夜のでかい川』2021.2.
①蝉の声は突然聞こえなくなって、あれ、いま、いつで、なにしてたっけ 平出奔 ふと蝉の声が聞こえなくなった瞬間。聞こえている時は気にもしないのに、聞こえなくなると、今何をしてたかまで分からなくなる。この歌の場合は「いつで」が入っているのがさらに呆然とした感じ。
②思い出しながら思い出そうとした思い出せなくなってる何かを 平出奔 何かを思い出しそう、少しずつ思い出している、という時は忘れている時、思い出せなくなっている時なのだ。それに抗うように思い出そうとする。「何か」すら忘れているのに。あるなあと思わせる過剰な繰り返し。
③別に誰も救えないかも知れないな 鳥の群れの数がわからない 平出奔 誰かを救えるかもと思ったり、この人の言葉に救われたと思ったり。そしてそれらを単なる錯覚だったと苦く反芻することもある。飛んでる鳥の数は分からない。幾つの群れで飛んでるかという大雑把な把握も無理。
④会いたいよ わからないならだからこそ会ってもわからなかったをしたい 平出奔 「会ってもわからなかった」という文が名詞のように扱われている文体。会って分かりたいのではなく、会っても分からなかったを予想して、そして会いたいのだ。
⑤僕に見えるこの僕みたいな人生をあなたなら続けられたんですか 平出奔 他人から見た人生と自分が見る人生は違う。もしかしたら「あなた」は「僕」の人生を生きたいと思っていたのかもしれないけれど、それは違うんだ、と「僕」は思っているのだ。
とても好きな冊子。この冊子に収録された平出奔の連作「了解」の中の歌に一首評をつけたけれども、なかなか良さを伝えるのは難しい。この連作は詞書がとても多くて、それと歌の組み合わせで、短歌の連作というより、もう一歩進んだ作品としての読み応えがあった。短編小説のような、と言ってもまたちょっと違って。フォロワーとの心の交流とかそれが途絶えたことが詞書で描かれて、短歌が続くことで、現代の孤独感が浮かび上る。それは多分、対面と電話と手紙しか人と繋がる手段が無かった時代には、顕在化しなかった孤独感なのかもしれない。
2022.7.29.~30.Twitterより編集再掲