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『短歌研究』2022年7月号

あつまりて花火をしたる夜もありきその輪よりひとり、ふたり、はなれぬ 横山未来子 手花火をした日から歳月が経ち、その時の友だちの輪から人が少しずつ離れてゆく。時間が経てば変わる人間関係が、花火の光の変化に重ねられているようにも読める。

呪いって誰かのために生きることだった 水溜まりを踏んだ靴 城崎無理 人を呪うことは自分の心の収め所を探す、自分のための行為だと思っていたが、呪いの相手のために自分の時間を使っていると気づいた。まるで水溜まりを踏んだ靴のように、自分の生を台無しにしていたのだ。

てのひらはまばゆい手紙 差し出してわたしを誘う紙幅のかぎり 塚原康介 とても美しい、印象的な比喩。相手の手のひらの幅を紙幅と捉えて一首に完結性を感じさせる。その誘いに主体の心はもう応えているのだと思う。

私みたいな人が一人も出てこない映画を安心して観終わった 田村幸慈 どんな私像か分からないが、でも映画を見ていて、登場人物を「私みたい」と思ったら落ち着かない。どんな結末になるのか怖い。自分と重ならない人ばかり出て来るから安心。心理の微妙なところを突いている。

体内に湖があり強すぎる理性は蓮としてそこに咲く 山桜桃えみ 自分の理性から自由になれないのか。強すぎる理性という言葉に惹かれる。理性の喩としての蓮が意外性と説得力を持っている。蓮は美しい花だが根は強い地下茎。それも理性の強さと繋がるように思った。

姫林檎のちいさな蕾 忘れられていたい身体を名乗るすべてを 山崎聡子 身体と、身体の部位で名称のある全てを、誰かから忘れられていたい。それは自分が自分の身体を忘れたいという気持ちの反転だ。実になる前の、花も咲く前の蕾のように、身体という実体を意識したくないのだ。

思ひ出に惑はされるなお前たち羽をもがれてからが長いの 山木礼子 自分の子供たちに言い聞かせているのだろう。だが、不特定の誰かに言っているようにも思える。自由を奪われて羽をもがれる。それで終わりではない。そこからが長い。自分の苦しみを前提に言っていると取った。

迷うのは両方違うと思ってるからだから黙ってて黙って頷いて 平出奔 五八七八九と取った。三句の「思ってるから」が結構重い。五八五十九という線もゼロではない…。そう読んだ方が「からだから~」の音が面白い。この作者の会話饒舌体(←今作った言葉)に惹かれる。
 内容は、自分の相談内容についてアドバイスではなく、黙って頷いて欲しい、というよく分かるものだ。しかし連作全体を通すと、相手との関係性の不全と、それでも関係を続けてしまう、どうしようもない心情が伝わってくる。まとまらずにしゃべり続ける裏の孤独感を感じさせる連作だ。

⑨吉川宏志「1970年代短歌史」〈前衛短歌は敗戦がもたらした傷を存在基盤としていた。だが戦後二十五年が経ち、その痛みが薄れるにつれて─あるいは忘却されるにつれて─、前衛短歌のインパクトは弱まっていった。〉吉川は、深作光貞の論を引用して分析している。

〈敗戦や安保闘争の敗北というテーマに代わって、女性の抱えている痛みや、戦後の若者たちの苦悩を表現した歌が、前面に浮上してくる。〉その表現に前衛短歌が影響を与え、それが七〇年代短歌の基調となる、と述べる。前衛短歌で止まっていた短歌史が、動き出そうとしている。

⑩「70年代短歌史」70年代に注目された女性歌人として初井しづ枝、安永蕗子、富小路禎子を挙げている。〈安永や富小路が目指したのは(…)抽象化や象徴化を通して美的な世界を創造し、そこから滲み出す孤独や不安が静かに伝わっていく歌を生み出そうとしていたのである。〉

こうした歌やそれを生む態度は、〈感情を素朴に吐露する歌、生活を露わに描写する歌〉と並行して常にあったということだろう。今に通じる話だ。その時代の馬場あき子の評論「女歌のゆくえ」の一節、「現代の女歌のイメージは、たかだか幻想などという甘ったるいものでしかないのだろうか。むしろ女は、この生活現実の冷厳の中に、男ほどには幻を求めたりはしないものと思うのに。」というところに興味を引かれた。今、読み直されるべき論、との示唆なのだと思う。

⑪安田登「能楽師の勝手がたり」〈「あわい」という言葉は「あいだ」に似ていますが、このふたつは少し違います。「あいだ(間)」は「空き処」が語源の語で、ふたつのものが空いている場所を示します。それに対して「あわい(あはひ)」は「あふ(会う、合う)」を語源とする語で、ふたつ(以上のもの)が重なる空間をいいます。〉なるほど、夢と現実の「あわい」と言えば、夢と現実の重なるところなのだな。間違って使っていたかもしれない(汗)。これを期によく覚えておこう…。

⑫「作品季評」田村穂隆歌集『湖とファルセット』小原奈実〈「剥き出しの肉だ、朱肉は。ゆっくりと苗字を肉に沈めていった」(…)社会構造や、自分が受け継ぎたくなかったけれども受け継いでしまっているものに対する内省を含んでいて、優れた歌だと思いました。〉
大松達知〈「感情が誕生します 鳥や花、ときには銃を模したかたちで」(…)この歌集では、「感情」がゼロから発生するところを意識している。その繊細さに驚きました。〉
栗木京子〈「電線がぎゅいぎゅいと鳴く そういえば入道雲の底は黒いね」(…)入道雲の底を読んだ歌ははじめて見たと思いました。こういう歌は目の付け所の新しさや、作者の力量を感じさせます。インパクトのある歌集です。〉
優れた歌集が力ある読み手によって深く読まれる。本当に良いこと、必要とされていることだと思う。

2022.7.17.~19.Twitterより編集再掲