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ベーシックインカムの不都合な真実

最近、一部で盛り上がりを見せているベーシックインカムについて掘り下げてみたい。
まずベーシックインカムとは年齢、年収、性別、職業、地域他の区別なく一律に一定金額の給付金を無期限に配り続けることである。
ベーシックインカム自体は古くからある考え方だし、産油国ではほぼベーシックが達成されてる国もある。
これがなぜ日本でも盛り上がってるのか、何が問題の本質なのかを見極める。
ベーシックインカム論客と対峙することがあればぜひ活用いただきたい。
なお、ベーシックインカムを主張してる方々の中には反緊縮派と新自由主義がいるが、今回は反緊縮派のベーシックインカムを念頭において書いている。
新自由主義についてはまた別の機会に書きたい。

「税は財源ではない」から始まった

政府は自らの方針に合わない政策にはしばしば財源がないことを理由に反対する。
このアンチテーゼが「税は財源ではない」である。

これはスペンディングファーストという考え方がもとになっている。政府は税金を集めてその中からその使い方を決めているのではなく、政府がまず財政支出をしてから、後から税金として回収していると考えるものだ。考えてみれば民間に通貨発行権はなく、政府(日銀)が発行してるのだから、先に財政支出があるというのは真っ当な考え方ではある。

「政府の赤字は国民の黒字」が拍車をかけた

毎年予算編成の時期になると新規国債発行がいくら、累計の国債発行残高は国民一人あたりいくらというような報道がある。
国民一人あたりの国債残高が1000万円などと言われるととてつもない負担を国民に強いているようにも思える。
これに対するアンチテーゼが「政府の赤字は国民の黒字」である。

これは資金循環統計を元にしている。

資金循環統計より

グラフの0の線で上下が対称になっている。
これは家計、企業、政府、海外の各部門の現預金収支を合計すると必ず0になるということを示している。
つまり、政府が赤字を増やせば増やすほど民間の黒字が増えるということになる。
これを元に政府が支出を増やせば民間の貯蓄が増えるという主張に発展した。

「変動相場制なら自国通貨建ての国債はデフォルトしない」がトドメ

確かに変動相場制の自国通貨建ての国債という条件を満たした国債がデフォルトした証拠は今のところない。
これはもちろん通貨発行権があるからだが、これが国債をインフレしない限りは無制限に増やしても良いと曲解された。

とにもかくにも
「税は財源ではない」
「政府の赤字は国民の黒字」
「変動相場制なら自国通貨建ての国債はデフォルトしない」
の3つを悪魔合体させベーシックインカムという考え方が台頭してきた。

「変動相場制なら自国通貨建ての国債はデフォルトしない」は正しいが、国債を無制限に増やすのは危険

車が150㌔出せる能力があっても制限速度を越えた運転は危険なのと同じように、国債をたとえ無限に発行できる能力が有っても、それをしたらデフォルトはしなくても大きな危険を生じる。

お金というのは使ってもこの世からは失くならずに、他の誰かの物になる。逆に働いたからといってこの世のお金が増えるわけではなく、他の誰から報酬として譲り受けるだけだ。ではどうしたら増えるのかというと、誰かが負債を増やした時に増える。これを信用創造というが、詳しくは別の機会に触れたい。とにかく、誰かが借金をしたときに世の中のお金が増えて、返済したときに減る。つまり、政府が赤字を増やして世の中のお金を増やした、そのお金は使われてはないが確実に世の中に存在して息を潜めているということである。仮にベーシックインカムでこの使われないお金を無尽蔵に増やした場合、このお金は金利などの制約を受けずに使えるお金となり、景気が加熱したときに金融政策でのブレーキが効かなくなる恐れがある。つまり、バブルが止められない可能性が高く危険だ。

ベーシックインカムは貿易赤字を増やし、破綻に追い込む

変動相場制なら自国通貨建ての国債はデフォルトしないのが正しいとしても、永遠に自国通貨建ての国債だけで維持できるかどうかの保証はない。
ベーシックインカムで貿易赤字の状態化が進み、外貨が枯渇してくると外貨建てで外貨を調達する必要が生じる。
日銀には外貨を発行する能力は無いので外貨建てに頼るようになれば、当然破綻することもあり得る。
外貨建て負債を返済するのに自国通貨を外貨に交換すると自国通貨がさらに安くなる。
すると返済したはずの外貨建て負債残高が重くなる。
返しても返さなくても負担が軽くならないなら、デフォルトでも良いとなる。

「政府の赤字は国民の黒字」だが、これは資金循環統計の話で現預金しかみていない

政府が赤字を増やせば国民の現預金の黒字は増える。
逆に政府が黒字を増やせば国民の現預金の赤字は増える。
ただし、国民の現預金の赤字が増えても資産までが赤字になるとは限らない。
実際、高度成長期には夢のマイホームの掛け声と共に、こぞって借金をして家を建てた。
資金循環統計上は国民の大きな赤字となったが、資産が赤字になったわけではない。
国民が苦しんでるのは政府の赤字が足りないという言説はミスリードなのだ。

ベーシックインカムの本当の目的は可処分所得を増やすため?

ベーシックインカムは長年上がらない賃金に耐えきれず、嘱望されている。
つまり可処分所得を増やすために導入が必要というのだ。

では、ベーシックインカムで可処分所得が増えれば賃金が上がらなくても良いのかというとそうではない。
年齢が上がり、結婚して子どもを産んで育てて大学行かせてと、だんだんお金はかかるようになっていく。
可処分所得は上がり続けないといけない。
それにベーシックインカムでは力不足で、やはり賃金を上げていくことこそが本筋であり、早道なのだ。

ベーシックインカムの本当の目的は経済活性化するため?

また、経済成長のためにベーシックインカムが必要との主張もある。

経済効果とはお金が使われて初めて経済効果である。
ベーシックインカムなど給付金は所得移転支出であり、支給額の経済効果は0である。
その後、支給されたお金が貯蓄されずに使われた分だけが経済効果となる。
給付金は過去の実績から2割くらい使われて、8割くらいが貯蓄されることが多い。
つまり政府支出額の20%が経済効果となる。
対して同じ額を公共事業などに消費支出した場合、その額はそのまま経済効果になる。
その後、請け負い業者がその利益で賃金を増やしたり、投資したりすれば、それも経済効果となる。
給付金と同じように2割が再度使われるとすると経済効果は政府支出額の120%ととなる。
同じ額の支出をしても経済効果は6倍も変わる。
経済効果のためのベーシックインカムは恐ろしく非効率なのだ。
経済政策のためにわざわざ非効率な政策を優先する理由はない。

ベーシックインカムの本当の目的は弱者救済のため?

また、ベーシックインカムは生活保護申請もできないような弱者救済のための福祉政策であるとする主張もある。
確かに現在の日本における生活保護の制度には多くの不備がある。
そのために一足飛びにベーシックインカムで解決を願う気持ちはわからないでもない。


だが、生活保護の制度に不備があるなら、その生活保護の制度を改善すべきなのだ。
なぜなら、本当の弱者にはお金だけの支援では全く足りないからだ。
自分で申請もできないような弱者にお金だけ届けたとしても、かえって犯罪に巻き込まれることを誘発するだけだ。
貧困ビジネスやベーシックインカムを当て込んだ無理な貸付などからどうやって守るのか。
自分で申請もできないような弱者には一人一人に寄り添う支援を構築していくことがお金と共に必要で、お金と支援のどちらも欠けてはならない。
ベーシックインカムはその支援を必要とする人たちの実態を覆い隠してしまい、見えなくする。
弱者救済の主張なのに、本当の弱者のことが見えてない。
ベーシックインカムはむしろ弱者を盾に取る卑怯な主張だとも感じる。

ベーシックインカムは需要を拡大することで供給力を高めることを促す?

そもそもベーシックインカムの需要を高める効果は低いのだが、それをカバーするほどの大きな額で給付したとして、供給が追い付かなくなることはあると思う。
ではその時、企業は投資して工場を建て供給力を高めるかというと、そんなリスクは負わず輸入を増やすだけになるだろう。
需要があっても価格競争力で勝てる見込みがなければ投資は実行されない。
価格競争力で勝てる見込みがあるなら、投資は現在でも実行されてるはずだ。
ベーシックインカムで供給力が増えるというのは楽観的に過ぎる。
もし、需要があれば供給が伸びるが正しいなら、全ての品目の自給率は100%になるはずなのだ。
AIやロボティクスの導入が進むというのも同様に楽観的で、財政支出を十分に行ってる国においてもその導入が革命的に進んでるということはない。

ベーシックインカムの導入で助かるのは最初のうちだけ

ベーシックインカムは余剰のお金で資産投資は活発にさせる可能性が高い。
ベーシックインカム分で始める投資信託の商品開発販売、宣伝が活発になるだろう。
すると株価や地価、家賃は高騰し、バブルを誘発する。
ベーシックインカムの給付で助かるのは最初のうちだけで、家賃の足しにもならなくなるかもしれない。
するとベーシックインカムを増額していくことが必要になる。
持つものと持たざるものの格差が極大化されてしまう。
ベーシックインカムは麻薬のように生活を蝕むことになるだろう。

GDP恒等式を使った詐術

GDP恒等式とは
「Y=C+I+G+(X-M)」
Y:所得、C:消費、I:民間投資、G:政府支出、X-M:純貿易収支
で表される
この恒等式の意味するところはGDPは主に民間や政府の消費や投資の合計になるということである。
だから、ベーシックインカムによって政府支出を増やせばGDPが増えるというものである。
これには大きな詐術がある。
このGDP恒等式での政府支出は公的需要だけが含まれる。
公的需要とは政府最終消費支出、公的固定資本形成、公的在庫品増加を合わせたものである。
年金給付やベーシックインカムなどの給付金は所得移転支出であり、GDP恒等式における政府支出には含まない。
つまり、給付金を増やしても政府支出Gは増えないのだ。
政府支出が増えないのに、ベーシックインカムで政府支出が増えると宣伝するのは悪質な詐術だ。

財政支出の伸び率のグラフを使った詐術

批判目的のためなので、そのグラフを直接貼ることは避けるが、代わりにリンクを置いておく。
財政支出の伸び率と経済成長率に一定の相関関係があり、財政支出の伸びが大きいほど経済成長しているというものだ。
これは過去のたった2つの時点を比較したものであり、インフレ率が大きく影響してしまう。
インフレ率が高いと名目の財政支出も名目の経済成長率も高くなるのはある意味当然である。
なのでこのグラフだけでは財政支出を伸ばせば経済成長するとまでは言いきれない。
このグラフだけではインフレさせただけで終わる可能性もあるのだ。

ベーシックインカムへの不毛な批判の仕方

ベーシックインカムは日本ではまだ新しい議論のためその主張をする人の論拠も弱い
だが、同時にそれを批判する主張もまだまだ未熟と言える。
したがって至るところで不毛な議論が繰り広げられている。
やってみなければわからないことは水掛け論に終始する結果になる。

次にいくつかあげる。

不毛な批判1、ベーシックインカムを導入すると財政破綻する

ベーシックインカムを続けて、貿易赤字の拡大が恒常的になれば、外貨建て国債が必要になり、破綻することはある。
しかし批判する側にそこまで踏み込んだ批判は見られない。
単に財政赤字が膨らんで財政破綻する、それだけの批判では何の批判にもなってない。

不毛な批判2、ベーシックインカムを導入すると労働者が仕事をやめる

ベーシックインカムが労働者を減らすのか、減らさないのか。
それは金額にもよるだろうし、やってみなければわからない。
労働力が減ることが日本に良い影響になるか、悪い影響になるか、それも予測は難しい。
判断材料となるデータがないからだ。

不毛な批判3、ベーシックインカムを導入すると賃金が下がる

ベーシックインカムが導入されると、それを当て込んで企業が賃金を下げるという予想もある。
これもやってみないとわからない。
労働者が少なくなれば人材獲得競争で逆に上がることもあるかもしれない。
これもやってみないとわからない。

とはいえ日本でもベーシックインカムの導入の可能性は0ではない

これまでの論旨と真逆のようだが、希望として日本でのベーシックインカム導入の道筋を示したいと思う。
まず参考になるのはほぼベーシックインカムを達成しているのは産油国だということ。
どんなにお金を使おうと、それをカバーするように石油の輸出で外貨を稼げている。
むしろ、金を使わねば通貨高になりすぎて石油が売りづらくなる。
そういう状態を日本でも作ればベーシックインカムは導入できる。
外貨を稼ぐ産業を育て、生産性向上し、その利益が労働者にしっかり届く仕組みを確立する。
そして普通に労働すれば普通に結婚して子どもが産める社会にし、
その先に労働時間を半分に減らしても同様の稼ぎができるようにし、
その先にベーシックインカムがある。
一足飛びの導入は不可能なのだ。

一歩ずつ、一歩ずつ


まとめ

今回はベーシックインカムについて、その論点をまとめた。
かなり批判的に書いたが、ベーシックインカムなどなくても日本には復活する方法が必ずある。
労働者の多くが疲弊しきるほど働きながら、十分な賃金を得ることができない現状には胸を締め付けられる。
でも、その現状を持続的に回復していくには給付金ではなく、賃金を上げていくしかない。
それには人材獲得競争をおこし、労働の価値を高めることだ。
詳しくは「賃金をあげるために生産性が必要」は嘘だった!にも書いたので読んでみていただきたい。

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