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私はバッカス、ならば月の女神は

アメジストの紫色は、日光によって退色する。

憧れていた。

近い世界でいえば、教室の真ん中でいつもクラスメイトに囲まれていたあの人。毎年、運動会のリレー選手に抜擢されていたあの子。遠い世界でいえば、ステージの上でスポットライトを浴びる大好きなアーティスト。サンパチマイクを前に躍動する大好きな漫才師。

憧れていた。いつもいつも、あらゆる存在に対して。

世界の中心に両足をつけて立ち、周囲を巻き込んでいくような。そういう力が私にはない。いつもいつも、中心から離れた場所から視線を送るだけだ。そしてその視線は、気づかれることもないまま、眩い光の中に消えていく。


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憧れは太陽。
いつしか私は色を失って、羨望は嫉妬に脱皮する。

何の力も持たない私。どんな自信も持てない私。どうせ無理だから、と何もかもを諦めてしまう。適切な自己愛すら、とうの昔に色褪せてしまった。

だって私の父親は、私が熱中したすべてに水を差した。肯定的な言葉をかけてくれた記憶など一切なく。ただ父親に認められたくて、父親が望む私になろうとした。いい大学に行って安定した職を得て結婚して出産して、そんな普通の人生を描こうとした。でも、できなかった。

"私”は、そんな人生を一ミリも望んでいなかったから。

歪みきってしまった私は、自殺を図る。たぶんあれは、復讐だったのだと思う。結局死にきれなかったその後、父親は言った。「千鶴はパパとママの宝だよ。」宝にしては、まぁなんと粗末な扱いだろうか。初めての肯定は、あまりに空虚だった。

私は、愛しかたがわからない。
私は、愛するとは何かがわからない。

私の心。それは傷だらけで、欠けてばかりの、濁った結晶。


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嫉妬に酔った私は、ピューマに世界を襲わせる。
でも、手綱を離したピューマが襲おうとしたのは、この私だ。

感情のコントロールが効かない。いつも得体の知れない不安感に包まれていた。どこにも踏み出せない私は、世界を呪うことでしか自分を保てなかった。

裕福な暮らしをみせびらかす成功者をみれば、「お金がすべてじゃないでしょ」。夢追い人として頑張っている誰かに、「そんなの無理に決まっている」。SNSで恋人の存在を匂わせる知人には、「恋人は"いいね”をもらうためのアクセサリーかよ」。

本当は全部全部、羨ましかった。

大学一年生の頃、彼氏ができたことがある。でも、たった一週間で一方的に別れを告げた。そこに愛なんてなかった。"彼氏がいる私”というステータスを得て、自分に自信を持たせようとしただけだ。

そう、結局のところ、私だってアクセサリーを欲しがっていた。


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ピューマに食われそうになる私を救う者。
この嫉妬から覚めるとき、私は月の光に気づく。

母が亡くなった後、私は天啓のように母の言葉を思い出した。

「ママはね、ちーちゃんがモヒカンでピアスいっぱい開けている男とできちゃった結婚したとしても、驚かないよ。」

何回も聞かされたこの言葉。私はいつも笑って受け流していた。母はたぶんちょっと変わった人で、こういう突拍子もないことをよく言う、おもしろい人だったから。

でも、今ならわかる。

これこそが、愛だ。

モヒカンでピアスいっぱい開けているような男性。抽象化すると、娘が結婚相手として連れてきたとき、世の親という親のほとんどが反射的に身構えてしまうであろう男性。そういう人を連れて来ようが、驚かない、認める、と。

つまり、「あなたの選択なら、何だって応援するよ」ということだ。

そういえば。

母はいつも私を見守ってくれていた。

中学時代、ライブのために初めて一人で遠征したときも、笑顔で送り出してくれた。明確な理由なく不登校になったときも、一緒にごはんを食べてくれた。大学をやめるときも、ただ黙って頷いてくれた。写真を仕事にしたいと打ち明けたときも、「写真集とか出せたらいいねぇ」と一緒に夢をみてくれた。

私は愛を知らないのではない。気づいていなかっただけ。

大切なものは、失ってから気づく。悲しいけれど、真理だ。


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嫉妬の悪酔いから覚めた私は、この心に何を注ごう?

この世界に母はもういない。でも、母がくれた愛は、ひとつも欠けることなく、私のなかでめいっぱい輝いている。ただちゃんとみていなかっただけで。

すぐそばに光はあったのに。父親による肯定という、"ないもの”ばかりに目を向けていた。気づけなかったのは、近すぎたからだろうか。それとも、四六時中包み込まれていたからだろうか。

あるがままを抱きしめてくれた母の言葉は、月光のように柔らかなその想いは、濁りきった結晶を純白の水晶に変えていく。

世界を呪うのは、もうやめにしよう。そしてこの唯一無二の水晶に、私自身からの愛を注ごう。それが紫色になるかどうかは、わからないけれど。

私は、愛しかたを、身をもって知っている。
私は、愛するとは何かを、身をもって知っている。

ピューマもアクセサリーも、いらないのだ。

ただ黙って心の声を聴き、そしてそれを認めること。それは愛。それは私自身を身軽に、自由にしてくれる。私は何だってできる。どこへだって踏み出せる。


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さぁ、行こう。この水晶の指し示す方向へ。
月の女神は今もきっと、そばで見守ってくれている。


<参考>
アメジストってどんな石?

 

 

こちらの私設賞に参加させていただきました!

【2020/03/24 追記】
上記の私設賞にて、愛の漣賞(大賞)をいただきました。

自身のなかに輝く「宝石」をみつける・みつめる機会になりました。光室あゆみさん、素敵なテーマと最高の賞をくださり、ありがとうございました!

 

良いんですか?ではありがたく頂戴いたします。