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「歴史という法廷で被告になる」

 昨年、百歳の長寿を全うされた元総理・中曾根康弘さんが現職の時に、某禅寺でお茶の師匠に言われて、お茶を一服点てたことがあった。
お茶を出しながら、当時政治家として頂点を極め、自信に満ちたエネルギーに溢れた人物であるという印象を持った。

中曾根さんが自著でこんなことを述べている
「政治家の人生は、その成し遂げた結果を歴史という法廷において被告として裁かれる」と。
個人的な好き嫌いは兎も角、政治家としてのプライドと自覚を感じざるを得ない。

 さて、都合の悪い文書を抹殺してしまうような現総理は、果たして政治家として「歴史という法廷で被告になる」覚悟があるのやら?・・・疑問に思えてならない。

(ついでと言っては何ですが、数年前に書いた文章をアップさせて頂きます。)

「MONSTER」

近頃いろいろと世間がきな臭くなって参りました。国内では、戦争法案と呼ばれても、おかしくない法律の制定。海外では、イスラム国と呼ばれる一部のイスラム教徒たちによる過激なテロ活動。
 普段私は、声高に反戦や平和を訴えるような柄ではないのですが、こんな私でも国内外の人間の感情や、時代の流れが変わり始めていることを、否応なく感じております。

 私は若い頃、現代史に興味があり、特に第二次大戦に関する著作を手当り次第に読んだ記憶があります。そして、それらの本を読みながら、若い私の頭の中では常に「どのようして戦争は起こり、その戦争の責任は誰にあるのだろう?」と考えるようになりました。

 学生時代に、ある歴史学の先生にこんな事を教わりました「歴史上のある事件や出来事を理解するためには、決して単独で判断してはいけないよ。必ずその時代の前に原因となる状況があり、それを点と点を繋ぐように理解することが歴史を学ぶ上で、とても大切な事なんだよ」と、それ以来、私は歴史上の出来事を「点」ではなく、常に「線」で観るように努力するようになりました。

 さて、現在の世界情勢を過去の戦争の歴史から考えて見るのも良いのかも知れません。

 皆さんご存じの通り、先の大戦で日本と同盟国にあったドイツは、また日本と同じように無謀とも思われる戦争を引き起こしました。そして、ドイツは二十世紀最悪の「モンスター」と呼ばれる指導者ヒトラーを誕生させてしまいます。
 あの勤勉で頭の良いドイツ国民がどうして、無謀な戦争を起こし、あのようなモンスターを生み出してしまったのでしょうか?

 ヒトラーというモンスターを誕生させてしまった当時のドイツはどんな状況だったのでしょうか・・・・第二次大戦時のドイツを語るには、まずは第一次大戦を知るところから始めなければなりません。(点と点を繋ぎ線にする必要があります。)
 第一次大戦で大敗を喫したドイツは、戦勝国から莫大な戦争賠償を負わされることになります。その是非を語るのは難しい問題ですが、一国が負わされる賠償としては、国の存続も危ぶまれる程の規模であったことは確かな事です。そのため、当時のドイツの経済は立ち直れないほどの打撃を受け、先の見えない状況に陥ります。

 そんなどん底の中から、経済と政治の、救世主のように民衆から支持を受け現れたのが、ナチスドイツのヒトラーです。

 当時のヒトラーは、ドイツのどん底の経済状況を約2年というスピードで回復させ、国民に対する社会保障まで充実させる手腕を揮います。多くのドイツ国民は、国を建て直してくれた英雄としてヒトラーを祭り上げ、やがて、最悪の独裁者の地位を彼に与えてしまいます。ヒトラーとは、国民の困窮と、先の見えない不安から生じた産物だったのです
 そして、その後、ドイツは大戦に敗れるだけでなく、ユダヤ人迫害という重い歴史を背負う事になります。

 いつの時代、否現代においても多くの独裁者と呼ばれる「モンスター」が誕生致します。しかし、そのモンスターたちは、自分の力だけで生まれて来ることは出来ません。それは、経済や政治に抑圧された「ごく普通の民衆の幻想」の中から、生まれて来るものなのではないでしょうか。

 現在、中東を中心に起こっていることについても、一人の独裁者を問題にするのではなく、なぜ、そんな独裁者を誕生させてしまうほど、その民衆を追い詰めてしまったその理由を、いま真剣に考えるほうが大切なのではないでしょうか。武器を使用した方法では、根本的な解決の糸口を見出すことは出来ないのかも知れません。

 やれやれ、柄にもない方面の事を書いてしまいましたが、ついで、ではありませんが最後にもう少しだけ・・・。

 私事ですが、実は私には、二十年ほど前に事業に失敗し、それ以来会っていない十歳ほど年上の兄がおります。その兄の学生時代の友人の中に、現在、日本の政治のトップを務めるA・Sさんがおりました。
 彼は大学生の時に、何度か我が家に遊びに来たことがありました。優しく爽やかで、とても大人しい育ちの良さが感じられる大学生のお兄さんという、印象でした。
 決して、経済と軍備という、飴と鞭を使い分けるような、現在の彼の狡猾な政治家としての行動とは別人の印象を受けます。

 日本の昭和という時代の中で、本人が意図する意図しないに関わらず、「戦争を引き起こした政治家」として歴史に名を刻まれた人物たちがおります。
 しかし戦争は、決して一人の力で起こせるものではありません。

 先日、テレビの中で、自己に酔ったような演説をしている彼を見ていたら、歴史上の何人かの政治家の名前が頭に浮かび、背筋の寒くなる思いが致しました。
 そして、混迷の続いた日本経済の中で、何々…ミクスという、目先の経済を引き換えに、私達自身が彼を「独善的な政治家」にしてしまったのではないか?そんな思いにも駆られました。

 これは、あくまでも個人的な感想と思いなのですが・・・20年前に姿を消した私の兄同様、お坊ちゃま育ちの本来は気弱な彼を、日本の歴史の「モンスター」に私はしたくはないのです。いや、決して成らせてはいけないのです。

 恐らく、それを決めるのは彼ではなく、私達自身の側にあるのだと私は思っております。

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