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燃える鰻

 最初見た時にこれは燃えそうだと思った環境省のツイートだが、案の定炎上したようだ。土用の丑の日を前にウナギの予約を推奨し食品ロスを削減しようという趣旨だったが、ウナギの絶滅が危惧されるこのご時世にまだウナギを食べることを推奨しているのではないかという批判が相次いだ。環境省は投稿して間もなく、批判を前に無言でツイ消しした。

 元ツイートを見る限り、環境省にウナギを食べることを推奨する意図があるとは読み取れない。環境省は2月の恵方巻のときも食品ロス削減のために予約を推奨するツイートをしており、これもそれと同様の意図であろう。しかし、ウナギが恵方巻と大きく違うことは、ウナギは環境省のレッドリスト2019で「絶滅危惧1B類」すなわち「近い将来における野生での絶滅が危惧される」生物とされているのだ。自分で絶滅しそうですと言っておきながら、ウナギが一年で最も注目される土用の丑の日を前にツイートすることが「食品ロス削減」なのは、ウナギ守る気あるのかと批判されても仕方ないように思える。

 ウナギというのは身近ながらも謎の多い魚で、川魚でありながら産卵は日本から約2000キロも南のグアムの近く、マリアナ諸島の西方海域で行う。その正確な場所がわかったのはほんの10年ほど前であるが、なぜそんなに遠くで産卵するのかはわかっていない。さらに、そこで生まれた稚魚は海流に乗ってフィリピンや中国・台湾、そして日本の河川まで来るのだが、その稚魚(葉っぱみたいな形でレプトセファルスと呼ばれる)を成長させてシラスウナギまで成長させるのに成功したのが15年ほど前、ウナギの完全養殖(稚魚から育成したウナギに産ませた卵を孵化させる)に成功したのは10年ほど前である(つい先日卵から育てた完全養殖ウナギが成魚になったようだ)。ウナギの稚魚の餌はサメの卵を使ったそうだが、完全養殖は高コストであり市場の需要を賄うには至っていない。

 そういうわけで、今市場に出回っている養殖ウナギは全て河川を遡上するシラスウナギを捕獲して養殖場で育てたものである。しかしこのシラスウナギ、近年漁獲量が減少しており、今年の漁獲量は過去最低ペースだそうだ。環境省としてはウナギ資源の減少の理由として「海洋環境の変化」「過剰な漁獲」「河川や沿岸域などの生息環境の変化」を挙げているが、シラスウナギの漁獲量が現に減少しているのに今まで通り獲りますというのはウナギ資源の減少に拍車をかける行為でしかない。

 シラスウナギの漁獲量が減少したことで当然価格は上がるわけだが、そうすると密漁が問題になる。シラスウナギはサイズのわりに高価格であり、しかも密漁の罰則も現状そう重くないため、密漁は非常に儲かる。密漁ビジネスには反社会的勢力が関係していることもあるのだ。さらには日本で養殖されるウナギは元は香港から輸入されたものも多いのだが、「香港産」とされるシラスウナギは実はシラスウナギの輸出が禁じられている台湾から密輸されたものである疑いが高く、その実態は透き通るシラスウナギとはかけ離れた黒さである。

 まとめると、ウナギはすでに絶滅危惧種であり、その資源の減少が進む現在においてなおウナギを大量に消費することはウナギを絶滅に追いやる行為である。さらには、市場に出回るウナギは国内外の犯罪行為によるものも含まれることが指摘されており、ウナギの消費が犯罪組織への資金提供となる可能性も少なくない。ウナギ資源を守るはずの、環境の名を冠した省庁が今すべきなのは食品ロスを心配することではなく、ウナギ資源の減少やそれを取り巻く問題への注意喚起だろうというのは、真っ当な批判に思える。

 今頃ウナギを食べるなら予約しましょうなどと呼びかけても、今養殖場にいるウナギが自然に還るわけではない。ウナギ資源を保全しようとするならば、シラスウナギの漁獲量を減らす必要がある。むしろ、ウナギ消費が落ち込んで食品ロスが大量に出たほうが、来年以降のウナギ供給側の変化が期待できる。死んだ後に美味しくいただかれようがゴミとして捨てられようが、ウナギにとっては全く同じである。

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 ひとつ追記。今回の炎上を異常なものと感じた人もいたようなので、その原因と思われることについて。

 このウナギ資源保全というのはヴィーガニズム同様の調停不可能性をもっている。すなわち、「あなたはウナギを食べる、私はウナギを食べない」という相互尊重で終わらせることができない問題ということだ。ウナギ保護派はウナギ消費派に食べられるウナギも保護しよう(正確に言えばシラスウナギを獲らせないようにしよう)としているわけで、この「正しさ」は自己完結が不可能なのである。そのため、「押し付け」になろうともウナギ保護派はその目的のためには他者に干渉し、社会全体を変える必要があるのだ。

 こういった「自己完結のできない正しさ」、社会にとって有益な場合も多いのだが、攻撃性が同居しやすいことは事実であり、その立論や主張には慎重にならないといけないだろう。今回の「炎上」、私の観測した限りそう攻撃的には見えなかったが、全てを観測したわけではないので他の人にどういう見え方をしたのかはわからない。

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 もう一つ、なぜウナギを保護するのかについて。ここまで読んでいただいてわかる通り、私はウナギが絶滅しないように管理すべきだと思っている。ただ日頃、私が「人類が絶滅しようと(その過程での社会維持以上の)問題はないのでは」と言ってることをご存知の方からは、ウナギの絶滅も同じでは?というツッコミが入りそうである。

 私は生物種に存続の使命みたいなものがあるとは考えていないので、ウナギの絶滅も人間の絶滅も単なる一生物種の絶滅にすぎないとは言える。しかし、ウナギを保護するのは人間のためである。ウナギがどういう生物で、どういう未知の利用可能性があって、生態系でどういう役割なのかまだわからないことも多い中で、ウナギを単に美味しいからという理由で絶滅させるのはもったいない。ウナギがいなくなっても何も問題ないのであれば食べつくしてもいいとは思うが、絶滅で生じる影響がわからないなら絶滅させないほうがよいと思う(逆に絶滅させたほうが人間にとって有益なら絶滅させて構わないと思う)。

 生態系はジェンガみたいなもので、1つ抜いても崩れないように見えるが、それを続けていけばいつかはバランスが崩れる。地球環境を人間のために変えるのは悪いことだとは思わないし、それが最善なら地球をデス・スターみたいにしてもいいとは思うが、地球環境がどういうシステムで回っているのかまだわからないことも多々ある中で、環境に逆行不可能な変化を加えるのには慎重さが求められるだろう。

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