見出し画像

【掌編小説】ふたりきりのたったひとつの夜

こんばんは。
この掌編小説は、私と百瀬七海さんとでお届けする、マジカルバナナ的リレー小説のうちの1本です。

七海さんのこちらの物語の最後のフレーズをタイトル(=バトン)とし、そこから一つのお話を仕立てています。

それでは本編へ、どうぞ♪

* - * - * - * - * - * - 

「えー……では皆さん。西田の異動を祝しまして、カンパーイ」
4つのアルミ缶が小さく音を立てた。


3月最後の日曜日のことである。
同じ部署の西田先輩が4月から異動することになった。そこで部署内のレクリエーションで仲良くなった西田先輩の同期の髙橋先輩、私の同期のアキラと私の3人で西田先輩をお祝いすることになったのだ。

「なんで開催場所が祝われる俺ん家なんだよ」
西田先輩は当初、文句を言っていたが開催日が近づくにつれて、「飲み物、どうする?」、「食べ物どうする?」と祝われる側の西田先輩は私によく相談をもちかけてくれるようになっていた。

「ごめんな。狭いとこだけど」
「いやいや先輩、家広いじゃないですか!」
初めて西田先輩のお宅にお邪魔する私とアキラはその大きさに驚いた。ベッドに机にソファー。立派な本棚まである。

「まこっちゃん。今日、がんばってね」
西田先輩と高橋先輩に聞こえないくらいのボリュームでアキラが私に告げる。何のことかわからず、聞き返そうとしたのだけれど、アキラは高橋先輩に呼ばれて行ってしまった。


乾杯の合図の後、注文していたピザが届き、過去の話に花が咲いた。そんな中でも髙橋先輩の飲む勢いは尋常ではなく、アキラもいつもよりペースが早い。隣同士に座る2人の顔は真っ赤に染まっていた。対象的に私と西田先輩は自分のペースでゆるゆるとお酒を楽しんでいた。

「西田ぁ。まだ飲む?」
顔が赤く、陽気な高橋先輩が大きめの声で西田先輩に尋ねる。
「ん? あぁ。俺はどっちでもいいけど」
「真面目だねぇ。明日お前、有休だろうが。もっと飲め」
西田先輩の目の前の缶にお酒がもうないことに気づいた高橋先輩は冷蔵庫からお酒を取ってきて机の上に置く。
「高橋先輩、ほら、絡まない」
高橋先輩の腕を遠慮がちに引っ張るアキラの顔も相当赤い。

「冷蔵庫、失礼してもいいですか!」
西田先輩に尋ねたアキラは許可が出るとすぐに冷蔵庫へと向かった。
「先輩、もうお酒のストックがありません! ……ということでまこっちゃん。私達お酒、買い足しに行ってくる。ね、高橋先輩まだ飲むでしょ?」
「……飲みます!」
「はい。じゃあ自分で選びに行きましょう! ということで西田先輩、お留守番とまこっちゃんをお願いします」
アキラはこちらの返事を聞くこともなくほろ酔いの高橋先輩を連れて出ていった。


「あいつら酔ってんなー。明日起きれるのかな。とりあえず一旦、缶集めよっか。俺、ゴミ袋取ってくるわ」
そう言って西田先輩が台所へと向かっていったそのとき、携帯電話が小さく震えた。アキラからだった。
――しばらく帰ってこないからごゆっくりー。

ここで全てが繋がった。“今日、がんばってね”の真意はこれか。


アキラだけには話をしていた。西田先輩のことが好きだ、と。


レクリエーションに参加をした時、体調が悪くなってしまった私を終始気にかけてくれたこと。たった一日、一緒に過ごしただけだったけれど、居心地がよかったこと。もっと仲良くなりたいと思ったこと。そして以降もアキラや高橋先輩を交えて遊びに行く中で、やはり西田先輩が好きだと気づいたのだった。


「西田先輩……酔ってます?」
目に見える空き缶を集め終えた私たちはもう一度座りなおし、お酒をちびちびと飲み始めていた。
「うーん、ほろ酔い、かな。俺、酒強いんだ。まこっちゃんは?」
「私も強いので。だからアキラが心配です。高橋先輩って悪絡みしたりしないですか?」
すると西田先輩が優しそうな顔をした。
「いーや。あいつ、アキラと2人だったらなーんかいつもと違うの。表情とか、雰囲気とか。なんか“トクベツ”な感じ? 詳しく知らないけど、仲いいんだよね、昔から」
「いいなぁ」
無意識に、アキラに対する羨ましさが口から溢れた。慌てて我にかえって西田先輩を見ると少し驚いたような顔をしている。流すために笑顔を作ったのだが、西田先輩はそれを汲み取ってくれなかった。

「まこっちゃん、もしかして誰か……あー、ごめん。これ、セクハラになる?」
どう答えるのが正解だろう。セクハラになりますといえばこの話題はここで終了。なりませんといえば続きを話さなければならない。少ししかお酒を飲んでいないはずなのに、頭がまわらない。だけどあと数日で、西田先輩とは別部署になってしまう。その事実はちゃんと頭に残っていた。

「西田先輩」
「え?」
「だから、西田先輩!」
中途半端な告白をした私は缶を両手で持ち、俯くしかなかった。気持ちは伝わっただろうか。正直に好きですと言えればよかったのだが、今となってはもう遅い気がした。それに、そんな勇気は無かった。

「まこっちゃん、顔赤い……よ。ちょっと、外の空気吸おっか。靴持っておいで」
突然西田先輩が妙なことを言い出した。
「靴、ですか」
「ベランダ、出てみ?」

玄関から靴を持ち出し、ベランダへと向かう。西田先輩はベランダにあったスリッパを履いて先に外に出ていた。
「桜、上から見たことないでしょ。あーでもちょっと散り始めちゃってんなー」
ベランダのヘリにお酒の缶を置き、下を指差す。
そこに見えたのは満開の桜。マンションの10階からみる夜桜は街灯に照らされて絶景だった。

「綺麗……」
「俺さ、好きだって思ってる子とベランダで桜見ながらちびちび? お酒、一緒に飲みたいなって……ここに越してきてからずっと思ってたの。つまりは、そういうこと」

頭の中で西田先輩がいった言葉を繰り返す。つまり……つまりは、西田先輩も私のことを好きだと思ってくれているということ……?

「西田先輩―っ……。乾杯してもいいですか」
「わ、まこっちゃん、泣くなって! な?」
「だってー……」
「ほら、俺たちのこれからに?」
「「乾杯」」

私が缶を持つ右手に西田先輩の左手が重なる。ぎゅっと握りしめられたそれと、西田先輩の右手の缶が合わさって、数時間前と同じくアルミ缶が小さく音をたてた。同じではないのは月と桜と私の気持ち。
この幸せは私だけのもの

* - * - * - * - * - * -

百瀬七海さんの次のお話はこちら!


いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)