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【掌編小説】七夕の思い出2021

「また、いいの、お願いしますよ」
「はい。是非、ご注文お待ちしています」
得意先に着物の納品を終え、営業スマイルをしまった織姫は空を見上げてため息をついた。

朝から泣き止まない空。見ているだけで織姫の目からも涙が溢れそうになる。そしてもうすぐ日が暮れる。

織姫は赤い和傘を差して、小走りに林の中を抜けていった。

林を抜けたその先にある一軒家のドアを織姫は何度も叩いた。
「パンちゃん……パンちゃん、開けて」
ドアを叩き続けていると奥の方から声がした。
「開いてるからどうぞー」
引戸を勢いよく開けると一匹のパンダがもしゃもしゃと笹を食べていた。
「織は相変わらず忙しないなぁ。俺、食事中なのに」
「パンちゃん……」
織姫はパンダの方へとぼとぼと歩いていき、横に静かに腰を降ろした。

「今年も……雨なの」
「そうだな」
「なんで……なんで毎年毎年7月7日に雨が降るのよっ! せめて夜だけでもやめっ!」
そう言い放って織姫は膝に顔を埋めた。
「笹……食うか?」
「いらない!」
「そうか。じゃあ暑いし、茶―飲め、茶―。なっ」
大きな肉球でぽふっと織姫の肩を叩いてパンダは台所へと向かった。

程なくしてパンダが冷たい緑茶を持って現れた。
「ほいっ」
「……ありがと」
織姫はパンダにもたれかかって緑茶を飲んだ。耳を澄ますとさぁさぁと音がした。昔からよく聞き慣れた、笹が擦れる落ち着く音だった。


遠くの方でトントンと音がして織姫は目を覚ました。外は薄暗く、すっかり夜になっていた。
「パンちゃん、ごめん、重かったでしょ」
織姫の言葉には返事をせず、パンダが言った。

「迎えだ」

パンダが腰を上げると同時にトントンと木のドアが鳴った。
「すみません。織、来てますか」
織姫にとって、一番会いたい、愛おしい人の声だった。
「ひ、彦にゃん!?」
織姫は瞬時に立ち上がってドアへと駆けていった。引戸を開けるとそこには彦星が立っていた。
「なんで……」
「だって今日は七夕でしょ?」
「雨は……」
彦星の肩越しに外を見ると雨は止み、空には美しい星が輝いていた。
「夕方、ぱっと雨が止んで。パンダさんが鳥を遣わせてくれたんだ。織ちゃんがここにいるって。……拗ねてるから迎えに来いって」
織姫は後ろを振り返ってパンダを睨んだ。
「パンちゃん……! 拗ねてないもん」
「いや、拗ねてただろ」
パンダは相変わらずもしゃもしゃと笹を食べている。
「お礼は?」
「……ありがと」
彦星は幼馴染らしい二人のやりとりを笑って見ていた。

「さ、帰ろっか、織ちゃん。パンダさん、いつか改めてお礼させてください」
彦星は織姫越しにパンダに声をかけた。
「礼なんていらねーよ。笹、持って帰るか? 飾ってるだけで風情があるぜ」

彦星はパンダに挨拶を済ませ、織姫の手を取って林をゆっくりと歩いた。
「彦にゃん。ありがとね。迎えに来てくれて」
「去年、織ちゃん、夜中に増水した川、渡ってきてくれたでしょ? 二度とあんなことさせちゃだめだと思ったし、俺も……会いたかったから」
「彦にゃん……」
織姫は両腕を彦星の首に回した。
「織ちゃん……嬉しいんだけどその……手に持ってる笹がチクチクして痛い」
「わっごめん!」
織姫は慌てて彦星から離れた。しかし彦星は織姫の手を掴み、大事そうにぎゅっと握った。

「いつか。会いたいときにいつでも会える、そんな日が来るといいね」
「だね」

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たまに、こういうファンタジー(? が書きたくなります。ちなみに昨年は、今年よりも何年か後の大人になった二人の物語を書きました。

【掌編小説】七夕の思い出

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