見出し画像

【掌編小説】思い出を辿って

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
食後のデザート、ガトーショコラを食べ終えた俊介と新菜は食器を台所へと運ぶ。

「あー美味しかった。今日は生クリームまで添えてくれて大満足」
甘党の俊介にとって新菜手作りのケーキは最高のご褒美だった。
「今日は特別大サービス。昇進のお祝いだもん」

2月末のことである。俊介は新菜に一本のメッセージを送った。
――新年度から昇進することが決まりました。
文面は一見、あっさりとしていたが新菜には俊介がとても喜んでいるような、それでいて勢いのある一文に見えた。
――おめでとう! じゃあ、お祝いしませんか? 久しぶりに俊介の好きなガトーショコラ、焼くね。
新菜がすぐさま返事をすると、俊介から小躍りしている犬のスタンプが一つ返ってきた。

そしてそのお祝いの日が今日。仕事終わりに待ち合わせ、俊介の好物の焼き鳥を食べ、新菜の家へと移動してデザートタイムを終えたのだった。

「洗います」
「いいえ今日は私が洗います。祝われる人はあっち。座ってて」
新菜はリビングのソファーを指した。俊介は数歩、ソファーに向かって足を踏み出したものの踵を返して新菜の元へ行き、後ろから抱きしめて左肩に顎をのせる。
「その体勢もすっかりお馴染みになってきましたねぇ」
新菜がからかいながら言うと
「もう長い付き合いですからねぇ」
と俊介が同じ調子で返す。

「そうだ俊介、実は……」
洗い物を終えた新菜はタオルで手を拭いながら言った。
「今日はレクリエーションがあります」
「レクリエーション?」
「そう! 新菜さん特製、クロスワードパズルー!」
小さな声でいえーいと言いながらリビングの方へと戻っていく新菜の後を俊介は追いかけた。

机のクリアファイルから新菜が取り出したのは一枚の紙。そこには見慣れた字で書かれたクロスワードがあった。
「クロスワードって……新菜これ手作り?」
「ふっふっふ……。今日は今までとは違ったことがしたいなーと思って。あ、でももしかしてクロスワードとか謎解きとか嫌だった? 仕事後で疲れてるのにもっと疲れちゃう?」
「ううん。得意ではないけど、好きだよ、クロスワード。でも解けるかなぁ」
「大丈夫! なんせ作り手が初心者だから解けるでしょう」

新菜にシャーペンを渡された俊介は小さく息を吸ってクロスワードに向き合った。
「私はここで見てるね」

「1番ヨコのカギ。“食道と気管に通じているところ”……ってこれもしかして五教科全般の問題が出てくる感じ? 俺解ける自信ないんだけど」
常日頃から勉強が嫌いと言い続ける俊介が苦い顔を新菜に向ける。
「ううん、大丈夫。そのヨコのカギみたいな苦肉の策がたまーにあるけど、解き進めてもらえればコンセプトをわかってもらえるかなぁと」
「そう……?」

俊介はタテ、ヨコそれぞれの問題を解き進めていった。するとあることに気がついた。ほとんどの問題が俊介と新菜に関することで構成されており、今までに訪れた場所や好きなもの、思い出が散りばめられているクロスワードになっていた。もちろん、中には”1番ヨコ”のような”苦肉の策”もあったがそれを除いても初心者が作ったにしてはよくできていた。

「っしゃ。全部埋まったー!」
俊介は大きく伸びをする。
「楽しんでもらえた?」
「もちろん。あの日、俺ワイン飲みすぎたなとか、寒かったけど夜景が綺麗だったなとか色々? 懐かしみながら解けたよ」

すると新菜が解き終わったクロスワードをじっと見つめて言った。
「枠を埋めるだけじゃなくて?」
「ん?」
「メッセージ、解けた?」
「メッセージ?」
俊介は慌ててクロスワードに目をやった。すると、いくつかの枠が太く囲われていることに気が付き、余白に囲われた文字を抜き出してみた。
「ツ・ク・ヨ・ズ・レ・テ・シ・イ・ト・ツ・イ・ニ・ル……?」

俊介は、言葉を並び替えるとメッセージになる、ということにはすぐに気が付いた。しかし同じ文字が複数回入っている上にメッセージが想像以上に長かった。いくら考えても全く検討がつかず、むしろ深みにはまっていくばかりだった。紙に単語を書いては消し書いては消し……を繰り返す俊介を見かねて新菜が言った。

「じゃあ、一回しか言わない大ヒント! いくよ?」
「はい!」
俊介は聞き漏らさないようにシャーペンを握り直す。
「“ツ・ズ・ト”で一区切り」
「“ヨ・シ・イ・ツ・ニ”で一区切り」
「“ク・レ・テ・イ・ル”で一区切り。おまけに最後はクエスチョンマーク!」
そこまで言うと新菜は小さく体育座りをし、黙り込んだ。

俊介はヒント通りに区切った文字を頭の中で組み立てた。
そして見つけた。

“ズツト イツシヨニ イテクレル”

おまけに最後にクエスチョンマーク。
新菜からの問いかけがメッセージに隠されていた。俊介の胸中に様々な気持ちが湧き上がってくる……。

「新菜」
隣に座っていた新菜は首だけ少し俊介の方に向けて様子を伺っている。
「おいで」
俊介はそう言いながら同時に新菜を抱き寄せた。
「“コチラコソ オネガイシマス”」
カタカナ表記に聞こえるように気をつけながら俊介は新菜の耳元で小さく囁いた。すると、合図として新菜の腕がきゅっと俊介の首にまわってきた。

「でもさぁ新菜」
「ん?」
「普通は並べ替えるメッセージの方にも番号ふってない?」
「……確かに!」
新菜は目を丸くして驚いていた。

製作者自身がルールに気づいていなかったのが彼女らしいと、そして俊介はそんなちょっぴり抜けている新菜を改めて愛おしいと思った。

いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)