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【掌編小説】あなたと私とホワイトスノーマンラテ⑧

こちら、続編になります。
前のお話はこちらから ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ⑦

初めての方はこちらからどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ①

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年度末だったこともあり、田所とリンは次の「デート」の打ち合わせができないまま4月を迎えてしまった。4月になればなったで人事異動の季節。お互いに社内全体がバタつき、なかなか時間が取れなかった。

「紀平。ちょっと休憩してから会社戻ろっか」
外回りも終盤にかかった頃、米澤がリンに言った。
米澤徹(よねざわとおる)。この4月に福岡からリンのいる営業部に異動してきた。4月からの担当編成で一部、リンが持っていた担当を米澤に引き渡すことになったため、最近は引き継ぎを兼ねて一緒に行動する日が多い。米澤はリンよりも5つ年上だったため、引き継ぎ初日はかなり緊張したが事前の評判通り、米澤は面倒見がよく、優しく、仕事ぶりも優秀だった。おかげで毎日スムーズに引き継ぎ業務を進められていた。

この日も朝から米澤と担当エリアを周り、丁度疲れてきたところだったので休憩の申し出はリンにとって良い助け舟だった。

だが一つだけ問題があった。米澤がリンに声をかけたこの場所はリンの行きつけの、田所が勤務するカフェが歩いてすぐのところにだった。
「どこかこの辺にカフェとかない?」
リンはとっさに田所のいるカフェとは逆方向を指した。
「えーっと……あの商業施設の1階で、コーヒー飲んだことありますよ」
「じゃあ行ってみるか」
リンはほっと一息ついて米澤とカフェを目指した。しかし夕方という時間帯もあって、カフェは満席。数組順番待ちをしている状況だった。
「どうする?」
「うーん……電車乗ってしまったら会社まで15分程度ですし、諦めますか」
「だな」
そして二人で来た道を戻った。
「あ、紀平。カフェあったよ」
米澤がラッキーと言いながら足を向けたのは田所がいるカフェだった。リンの頭は会社に帰るという選択肢一択になっていたため、改札へ向かう道にそのカフェがあったことを失念していた。

「このカフェ、いつも混んでるんですよね」
「そうなの?」
リンは咄嗟に口から出任せを言った。混んでいるかどうかは正直微妙な時間帯だ。

ガラス越しに店内を覗くと残念なことに丁度、3組程の客が出ていったところだった。混んでいれば会社に帰ることができたのに今日はついていないようだ。そしてタイミングがいいのか悪いのか、いつもの如くドリンクカウンターには田所の姿があった。しかし田所の様子がいつもと違う気がした。
「お、丁度人出たよ。ラッキー」

仕事中とはいえ、田所がいる店に同僚の異性と足を踏み入れるのは憚られた。それにこれからも毎日顔を合わせて仕事をする米澤にプライベートの関係を知られたくなかった。しかしここまできたらもう逃げられない。リンは意を決し、米澤について店内に足を踏み入れた。

しかし
――何かが違う……?
リンは普段の来店時を瞬時に回想し、そして気づいた。店内に入ったときの田所の声が、明るい「いらっしゃいませ」が無かったのだ。そっと田所の動きを見ているとドリンクカウンターで慌ただしく動いており、店内に気を配る余裕がないように感じた。

「紀平、何にする?」
「私はホットのカフェラテにします」
本当はもう一度、和桜ラテが飲みたかった。だけどまだ仕事モードであったため、無難なものを選んだ。
「ん。じゃあ席で待ってて。俺買って持ってくわ」
「いやいやそんな、自分で買いますよ!」
「休憩しよって言ったの、俺だし。後輩に出させるわけにはいかないでしょ。ね?」
「でも……」
「こういうときは“ありがとうございます”だよ?」
「それではお言葉に甘えて……ありがとうございます」

下げた頭を上げたとき、視線を感じた。その先には田所がいた。
――いつから見ていたんだろう……。
リンは米澤にわからないように少しだけ頭を下げて会釈をしたのだが、田所はふいと視線を逸してたまったドリンクをさばき始めた。
――気づかなかったかな。
リンはドリンクカウンターに程よく視野が注げる席に座った。待っている間、田所を見ていられるからだ。少しいつもよりぎこちないがテキパキとドリンクをさばく田所を眺めていると、見たことのない店員が随所で田所の周りに現れることに気づいた。
――新人さんかな?
動きはぎこちなく、どこかたどたどしい。田所に何か話しかけてはにっこり笑って戻っていく。その笑顔は愛らしく、守ってあげたくなるような、女子の鏡のような人だった。その都度、田所は手を止めて笑顔でその子に何か指示を出している。だからいつもよりドリンク作りに時間がかかり、余裕がなくなっていたことに気づいた。それと同時にリンの胸の中には何か灰色の、霧のような感情が現れてきた。

「おまたせ。どうした? 怖い顔して」
はっとして顔を上げると両手にドリンクを持った米澤が立っていた。
「いえ。ちょっと疲れちゃったかな」
「ごめんな。今日、得意先、いっぱい回ったもんな。明日はもう少しゆるっと動こうか」
「そうですね」
はい、と言って机の上にホットのカフェラテが置かれた。
「ありがとうございます。いただきます」
「こちらこそ、ありがと」

米澤が頼んだのもリンと同じホットのカフェラテだった。
「あ、紀平、砂糖使う人?」
「いえ、ここのラテはそのままの味が好きなのでなくて大丈夫です。米澤さんは?」
「俺は甘いの、ちょっと苦手で。っていうか紀平、このカフェ来たことあるんだ」
「あ、ありますよ。それに、一応全国チェーンですし」
「確かに福岡にもあったわ」

他愛のない話をしながらカフェラテを飲んだ。カフェに滞在した時間は20分程度しかしその間、田所は決してリン達の席の方を向くことはなかった。

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