見出し画像

【掌編小説】二人が選んだ未来が待っている

この掌編小説は、私と百瀬七海さんとでお届けする、マジカルバナナ的リレー小説のうちの1本です。

七海さんのこちらの物語の最後のフレーズをタイトル(=バトン)とし、そこから一つのお話を仕立てています。

それでは本編へ、どうぞ♪

* - * - * - *

人々が忙しなく行き交う横断歩道の真ん中だった。

「巴(ともえ)?」
道行く人が私を呼んだ。
「……牧人(まきと)……さん」
雄(ゆう)はあの頃と何も変わっていなかった。まるで彼の周りの時間が止まっていたかのようだ。故に、記憶が一瞬にして蘇る。
「……久しぶり。元気そうで……よかった」
「うん……。そっちも」
「いつぶりだっけ?」
「ゆ……牧人さんが転勤してからだから2年半ぶりかな」
返す言葉は歯切れが悪いのに、会えなかった期間は口からするりと出てきた。

雄は回れ右をして来た道を私と並んで歩き始めた。春の風にのってやってくるのは懐かしい匂い。雄の、匂い。
「せっかくだしちょっと話す? あ、もちろん巴が嫌じゃなければ、だけど」
嫌なはずがない。私はこの2年半、雄に会いたくてたまらなかった。だけど、会ってしまえば自分の選んだ道が簡単に揺らいでしまうのがわかっていたからこの街を訪れるのをずっと避けていた。

「ごめんなさい。人と待ち合わせしてるからあんまりゆっくりはしてられなくて」
「そっか。待ち合わせ、何時?」
咄嗟に吐いた嘘に気付かれないよう、自然に左手の腕時計に目をやる。時刻は午後2時の15分前だった。
「時計台……に、二時です」
「りょーかい。じゃ、ちょっと端、寄ろっか」

横断歩道を渡り切ったところにあるジューススタンドの横、シャッターが降りたままになっている売店の前で足を止めた。
「今何やってんの?」
「変わらず営業事務ですよ。ゆ……牧人さんは?」
「“雄”でいいのに」
そう言って少し寂しそうに笑う。その笑い方も懐かしく、心がぎゅっと締め付けられる。
「俺も企画のまま。だけど……ちょっと引っ越したんだ。南の方に。だからここに来たのもめちゃめちゃ久しぶり」
一瞬、雄が言い淀んだのを聴き逃がせなかった。そんな自分が嫌になる。そこには私には話せない事情が、話したくない事情があるんだと気づいてしまうし、大方事情の想像はついた。
「そうなんだ」
「そうそう、それでいいよ。気遣わなくて」

街は春真っ只中で、季節を待ち望んでいた人々の笑い声で溢れていた。だけど私達は、陽気な季節に似つかわしくない空気を醸し出していて、まるで世界から切り取られたようだった。あの頃と同じ。何も変わっていない。

しばらくの沈黙の後、雄が口を開いた。
「巴。一つだけ質問してもいい?」
雄の質問に答えずただ沈黙している私に雄は続ける。
「あの頃……2年半前。幸せだった?」
心臓が大きく揺さぶられた。だけどそれを雄に見られるのは嫌だった。私は小さく、だけど深く息を吸って、心を落ち着けてから言った。
「その質問に答えたら、未来は変わる?」
返した質問には同じように返事がなかった。そこにあったのは雄の少し、困った顔だった。

「幸せだったよ。でもって、ピークだった」
「そっか……」
そして私はわざとらしく腕時計に目をやった。
「ごめん、もう行かないと」
「ううん。足をとめたのはこっちの方だから。少しだったけど時間、取ってくれてありがとう。会えてうれし……「ほら! それ、冷めちゃうでしょ? 行ってらっしゃい……雄!」

声をかけられた時から気づいていた。雄が提げていた紙袋にデザインされているのが巷で人気の焼き立てパイのお店のものだということ。そして袋の大きさから、一人で食べる量ではないということにも。

強制的に話をたたんで私は“待ち合わせ場所”に向かって歩いていった。嬉しかったなんて言われてしまったら、後ろを振り返ってしまったら、心が確実に引っ張られてしまうから。

“あの頃”の幸せを、共に存在した切り取られた世界を胸に、進んでいく。
だけど思いを馳せている時間は、至福の一瞬

* - * - * - *

七海さんの次の作品はこちら!




いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)