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【掌編小説】あなたと私とホワイトスノーマンラテ⑥

こちら、続編になります。
お時間があるかたは是非、前のお話からどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ⑤

初めての方はこちらからどうぞ ↓
あなたと私とホワイトスノーマンラテ①

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日曜日の夕方、リンはカフェの入り口に佇んでいた。12月25日にも同じようなことをしていたのだが、その時とは少し状況が違っていた。というのもこのカフェを訪れるのは1ヶ月以上ぶりだったからだ。リンはガラス越しに店内をこっそりと覗いた。取り急ぎ、目的の人物が出勤していることを確認した後、一旦、店から数十メートル離れたところに移動した。

――バレンタインデーにはお菓子を渡そう。

年明けに田所と初詣に行った頃からぼんやりと考えていた。しかしリンが勤める洋菓子メーカーは1月末から殺人的に忙しくなる。2月14日のバレンタインに向けて“定休”なんて名ばかりで、その忙しさはホワイトデーが終わるまで続く。ここ数年、リンにはチョコレートを渡したいと思える相手がいなかったため、仕事をこなしながら誰かのためにプレゼントを用意することの大変さを今年、初めて思い知った。

もちろん、休憩時間を利用してカフェを訪れることだってできた。しかし、今年のバレンタイデーは配送ミスのトラブルが重なり、ほとんど毎日対応に追われた。遠方まで出向く日が重なった結果、カフェを訪れる時間なんてなく、バレンタインデー当日は虚しく過ぎ去ってしまった。

そして今日、ホワイトデー当日。本当はバレンタインデーに決行したかった“休憩時間を利用してカフェを訪れる”作戦を1ヶ月遅れて実行に移しているのだった。

繁忙期中も田所と連絡のやり取りがなかったわけではない。しかし疲れていてるリンからの返事は大幅に遅くなってしまったり、そっけないものになってしまった。そのことを申し訳なく思うようになったリンは自分から連絡を送るのをやめた。するとやり取りは”田所発信”のものだけになり、余計に顔を合わせ辛くなった。

だけどいつまでもこうしているわけにはいかない。
申し訳ない、会いたい、謝罪したい、話がしたい……。頭の中はまだ整理できていなかったけれどリンは意を決して目を閉じて大きく深呼吸をした。

「いらっしゃいませ。……お久しぶりです」
顔なじみの店員がにやっと笑いながらリンに声をかける。
「えっと……ホットの和桜ラテ、ショートサイズで」
「かしこまりました」
代金を支払ったリンは心臓が激しく鼓動を打つのを感じながらドリンクカウンターへ向かった。すると、リンが来たことに気づいた田所の動きが一瞬止まった。しかし瞬時にいつもの人懐こい笑顔をリンに向けた。

「……お待ちしてました」
「あ……の……」
言いたい言葉は喉まで上がってきているのに上手く音にならなかった。そんなリンを横目に田所は手早くラテを作る。そしてラテを手渡すとき、微かな声で言った。
「俺、今から休憩なんだ。だから席で待ってて」
リンは黙って頷いて、ラテを受け取り席についた。

「久しぶり」
ラテを片手に田所がやってきた。制服に紺色のパーカーを羽織っている。田所が席に腰掛ける時、大好きな挽きたてのコーヒー豆の香りがした。
「あの……連絡……返事、そっけなくてごめんなさい。あと、ここにお邪魔もできなくて」
「気にしてないよ。むしろ一方的に送っちゃって、気、遣わせた? こっちこそごめん。忙しかった……んだよね?」
「はい……というか今も休憩中で、あと数十分ででないといけなくて。でも……今日はどうしてもこれをお渡ししたくて」
そう言いながらリンは鞄から薄い水色で可愛らしくラッピングされた小箱を取り出し、田所に渡した。

「えっ! これ……」
「バレンタイン……です」
「ありがとう」
「本当は、バレンタインに渡したかったんだけど、トラブルがあって、対応してたらカフェ、閉店時間になってて。したら次のタイミングが掴めなくて。結局1ヶ月経っちゃいました。あ! もちろん賞味期限は大丈夫ですよ? ちゃんと買い直し……いや、なんでもないです」

リンは口を噤んで体を小さくし、下を向いた。これ以上言い訳を並べたらもっと言う必要のない事まで口走ってしまうと思ったからだ。ぎゅっとラテを握りながら田所の様子を伺う。しかし田所はリンの失言を気にする様子を見せず、ちらりと目線を右上に移してからこう言った。
「リンさん……10秒だけいい?」
リンが返事をする前に田所の右手が、ラテを持つリンの手に重なった。
「あーもう今、なんで店なんだよー……」
田所は下を向き、小さな声で呟いた。そしてぱっと顔を上げて言った。
「ありがとう。めちゃめちゃ嬉しい」

田所がそっとリンから手を離した。しかしリンの鼓動は先ほどドリンクカウンターの前で感じたものよりも激しく、血が全身を激しく巡っているのがわかった。

リンは大きく息を吐いてから田所に問いかけた。
「怒ってない?」
「怒ってないよ。ちょっと拗ねてたけど」
リンの表情が悲しさに包まれたのを確認した田所はいたずらっ子のような顔をして続ける。
「うそうそ。この時期忙しいってのはちゃんとリンさん情報としてインプットされてますから」
そう言って右手の人差し指でこめかみをトントンと叩いた。

「ありがとね。わざわざ今日、寄ってくれて」
「今日を逃すともっと来づらくなって、田所さんとの距離、あいちゃうと思ったから……」
「あいちゃうの嫌だった?」
少し上目遣いで田所が問いかける。
「私は……嫌です。田所さんはそうでもないかもしれないけど」
またからかわれているような気がしたリンはそっぽを向きながら言った。
「リンさん、俺もやだよ。だから、ほんと嬉しい。ありがとう。後半も頑張れそう」
するとリンからこの日一番の笑顔がこぼれた。

「このラテ、美味しいですね。私も後半、頑張れそうです」
「リンさん、ラッキーだね。和桜ラテ、人気で、3日くらい前まで材料切れてたんだよ。だけど今朝、追加で届いて。さくら餡ペーストとラテの相性もいいし、あずきホイップもいい味、出してるでしょ。春、すぐそこまで来てるって感じするよね」
二人は少しだけラテや新作スイーツの話を交わし、リンが「そろそろ……」と話をたたみ始めた。

「リンさん。また連絡してもいい?」
田所が問いかけるとリンは声を弾ませてこたえた。
「明日からはもっと、余裕が出ると思いますので連絡……待ってますね」

そしてリンは店を後にして仕事場へと向かった。その足取りは軽く、数十分前に感じた重さは幻だと思えるくらいだった。

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あなたと私とホワイトスノーマンラテ⑦

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