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[ショートショート] カバー小説:フミちゃん+ [椎名ピザさんの作品をカバー]

カバー小説を書く試みです。
原作はこちら。

フミちゃんプラス

 五年ぶりに実家に帰った。昔から実家は居心地が悪く、独立してからは何かと帰れない口実を見つけては私はこの家を避けてきた。

 だけれども、両親も年を取った。たまには顔を見せないと後悔するのは自分になるだろう…と、この私も考えるようになった。

 久しぶりに見た母は、とても小さくなっていた。
 父親は私が十八のときに脳卒中で他界した。

 正直父のことはよく覚えていない。顔すら思い浮かばない。

 私には四つ年の離れた姉がいるが、彼女もめったに実家には顔を出さない。

 私は母と二人きりで気まずい思いをしていた。

 それで何となく自分の卒業文集を開いてしまったのだ。

 そこには子供らしい手書きの文字でかつて少年少女だった者たちの夢や思い出が綴られていた。
 その中でひときわ私の眼に眩しく入って来る文字があった。

 “本を書く人になる”

 フミちゃんの将来の夢だった。

 幼稚園から一緒だった仲良しの女の子だった。

 私はフミちゃんのことを思い出した。

 私が先生の悪口を言っているときに注意してきたこと。

 視聴覚室でだけテンションが上がること。

 上履きが誰よりも白かったこと。

 学級新聞を一人だけ真面目に読んでいたこと。

 フミちゃんが自分で書いた本を読ませてくれたこと。

 給食の牛乳パックを嫌そうに洗うこと。

 中学に入って何故か陸上部に入ったこと。

 そして突然いなくなってしまったこと…。

 そのことを思い出して私の胸はギュッと苦しくなった。
 文集からむりやり視線を上げて、がらんとした実家のリビングを見た。

 母が一人でテレビを見ていた。

 遠くからコンクリートを砕く音がしてきた。
 その工事の音で私はようやく現実に戻って来ることができた。

 気を取り直して今度は卒業アルバムを引っ張り出して私は眺めはじめた。

 誰の顔も思い出せなかった。

 私は慌てた。

 楽しそうに笑っている子供たちの顔は、どれも見覚えがないものだった。
 それぞれの名前を見ると、何となく知っている名前ばかりだった。

 こんなにあっさり忘れちゃうものかしら?? 友達の顔って。

 確かに小学校を卒業してから別々の学校になった人もいるし、同じ中学に行った子たちも中学卒業後は誰とも会っていない。
 それでもこんなにみんなの顔を忘れてしまっているとは、自分はなんと薄情な奴なんだ…と悲しくなってきた。

 さすがに幼稚園のころから毎日のように会っていたフミちゃんの顔は覚えているけど…。

 私は自分に嫌気がさして卒業アルバムもそっと本棚にしまった。

 すると、足元にバサリと何かが落ちた。
 拾い上げるとそれはホチキスで止められた何枚かの原稿用紙だった。

 パラパラとめくると、それはどうやら詩のような散文のような物語のようなものだった。
 子供の字で書いてある。

 私の心臓がドクンとなった。

 これは…フミちゃんの字だ…。

 私はその字をよく覚えていた。

 “本を書く人になる”

 と文集に書いた、あのフミちゃんの字だ。

 彼女はよく私に書いたものを見せてくれた。これもそのうちのひとつだったのだろう。
 なぜ私が持っているのだろう? 私にくれたものだったか?

 記憶が混沌としてた。

 原稿用紙に書いてあることを読み始めたが、それは私の知らない文章だった。
 こんなふうに始まっている…。

 工事現場では、まだコンクリートが削れる音がする。
 光に包まれながらハシゴを渡りきり、ポストに封筒を入れた。
 光は上履きのように白かった。
 それを見て私も前が見えなくなった。

 …なんだこれ。

 支離滅裂な文章だった。
 だけれども、独特の味わいがあって、凡人には書けない文章だな…と私には思えた。
 これを出版社に送ったら、どうなるだろう…?

 急にそんな好奇心に襲われて、私はいてもたってもいられなくなった。

 さっそくこのような文章に相応しい公募がないか私は探してみた。
 物語というよりは詩に近いものかもしれない…。私は現代詩の募集をいろいろ見て、最も条件が緩い公募を探し当てた。
 何でもありな募集だ。

 ほとんどの公募はデータでの募集になっているところ、この公募では手書きの原稿でも受け付けているとのことだった。
 これは、このフミちゃんの字で読まないと意味がない。ぜひ原稿を送りたいと私は考えた。

 私はさっそく封筒にフミちゃんの原稿を入れると、公募先の住所を書き切手を貼った。
 応募者の名前はフミちゃんの名にして、連絡先だけは私の自宅にさせてもらった。
 だってフミちゃんはもういないから…。

 私はドキドキする胸に封筒を抱きしめて、ポストに向かった。
 これを出そうとしている自分がもはや正気ではないと思ったけれど、私には止められなかった。

 やっとポストが見える曲がり角を曲がると、道路工事が行く手を阻んでいた。
 さっきからやたらとコンクリートを砕く音がしていたのはここだったのか。

 ガードマンが無表情で迂回しろと腕を振っている。
 だいたいこういう工事は歩行者は通してくれるんじゃないのか。

 すぐそこにポストが見えているのに、回り道をすることは、今の私には無理だった。

 私はガードマンを無視して工事現場を突っ切るコースを走り始めた。

「あ、ちょっと危ないですよ!」

 ガードマンが後ろで叫んでいたが私は無視して走った。

 工事現場を無事走り抜け、あと一歩でポストに辿りつくというところで、あろうことか私は足を踏み外して暗闇に落っこちてしまった。

「ダメだよ。何をやってるの?」

 声がしたので目を開けると、フミちゃんが私を見下ろしていた。

「フミちゃん?」

 目をパチクリしている私にはお構いなしに、フミちゃんは手を差し伸べて私を起き上がらせてくれた。
 周りを見るとそこには何もなかった。ひどく蒸し暑かった。

「ここはどこ?」

 私はフミちゃんに聞いてみたけれど、フミちゃんも肩をすぼめるだけだった。彼女も知らないのだ。

「私、隠れて人の悪口ばっかり言っていたからね…自業自得だよね」

 フミちゃんが言った。まるで会話がかみ合わない。
 私はどう答えていいのか解らずに黙っていた。

 しばらく無言の時間が続くと、フミちゃんがまた話しはじめた。

「あそこにハシゴがあるのが見える? 私にはあれは登れないんだけど、あんた登るといいよ」

 彼女が指さす方を見ると、本当にハシゴがあった。
 ものすごく高いハシゴだった。

 私は少し考えてから「私、フミちゃんとここにいたい」と伝えた。

 今度はフミちゃんが黙ってしまった。

「ずっとフミちゃんに会いたかったんだよ。急にいなくなっちゃうから…。さっきもフミちゃんの卒業文集とか見てて…」

「私…、あんたのこと好きじゃないから…」

 私の言葉を遮るようにフミちゃんが言った。その言葉は私の胸に突き刺さった。

「私はあんたにここに居てほしくない」

 フミちゃんは私の全てを否定するかのように強い口調で言うと、高く伸びるハシゴを指さした。
 もう行け、ということなのだ。

 私は黙って彼女に背を向けるとハシゴに向かって歩き始めた。

「卒業文集を書いたのは、私じゃなくてあんたでしょう?」

 後ろからフミちゃんの声が聞こえた。
 私は振り返らずにハシゴに向かって真っすぐ歩いた。

 そしてハシゴを登り始めた。
 ハシゴは思ったよりも高かった。

 思い切って下を見ると、フミちゃんが遠くに見えた。
 フミちゃんは泣いていた。

 私の視界も涙でジワリと見えなくなった。
 フミちゃんとの別れはやっぱり辛かった。

 私はハシゴを登った。

 やがて上の方に光が見えてきた。
 フミちゃんの上履きみたいに白い光だった。

 私はハシゴを登り続けて、気が付くと視聴覚室に立っていた。

 マイクの前に立っているのはフミちゃんだ。

「あーあー、テスト、テスト」

 フミちゃんがマイクに向かって言っているのが聞こえた。

 私はいつものようにそれを裏側から聞いていた。

「あーあー、本日は晴天なり…全校生徒のみなさん、おはようございます。今日はみなさんにお伝えしなければならないことがあります」

 フミちゃんはまるでアナウンサーのようにスラスラと滞ることなく喋り出した。

「お伝えしなければならないことは、つまり、あれです。トイレットペーパーの件です」

 私はこの先を聞きたくないような気持ちがして、ふと窓の外に視線を逸らせた。
 窓の外には嘘みたいな青空が広がっている。

「…そうやって目をそらさないで、しっかり向き合ってほしいんだ私は」

 フミちゃんはそうマイクに向かって言った。それは私に言ってることだったのだろうか。わからない。

「トイレットペーパーを全て巻き取ったのは私です」

 沈黙。

「あれが全て巻かれているのを見ていたら、いたたまれなくなって…全て解放してしまったのです…」

 そしてフミちゃんは泣き始めた。

「私だってもう、巻き付いているような人生は嫌だったんです」

 私はフミちゃんの泣き声を聞きたくなくて目を閉じた。

 そして再び目をあけると、私はマイクの前に立っていた。
 私の頬は涙で濡れていた。

 フミちゃんは消えていた。フミちゃんはまた消えてしまった。

 私は涙をぬぐうと、マイクのスイッチを消した。

 それから視聴覚室から出ると、真っ白い光に向かってハシゴを登った。

 上履きのように白い光…いや、トイレットペーパーのように白い光と言った方がよいだろうか。

 それから、私はポストに封筒を入れた。

 コトリと音がして封筒はポストの中に落ちた。

「いってらっしゃい、フミちゃん」

 私は小さな声でそうつぶやいた。

 後ろではコンクリートを砕く音がけたたましく鳴っていた。

(おしまい)


椎名ピザさんの『カバー小説』に挑戦しました。

あとがき

二次作とも違う、カバー小説って何だろう??と考えました。

私は音楽を作りますので、原曲があってカバー曲を作る感覚には馴染みがあります。
音楽では古典をテクノにしたりとかしてるのですが、お話でもそれができますよね。

たとえばディカプリオ主演映画『ロミオ&ジュリエット』みたいのとか。

お話の時代設定を変えたり、性別を入れ替えたり、ジャンルを変えたりとかいろいろやれそうだなって思いました。

ラブストーリーを超ハードSFにしたり、ショートショートを長編にしてみたりとかもできそうです。

で、他に、小説ならではのカバー方法って何かなと考えた時に、物語に自分の解釈をプラスするというものかなと思ったのでした。
本当はこうなんじゃないかしら?? という裏設定の妄想です。

今回それをやってみたつもりです。

椎名ピザさんの『フミちゃん』は独特なゾクゾクっとする世界観があって、始めて読んだときに鳥肌立ちました。
この世界をぜひカバーさせてもらいたい!と思いまして。

そんで、私は音楽のカバーをするときに、そのアーティストの別の曲のフレーズを混ぜ込んだりとかもするのですが、小説でもそれに挑戦してみました。

レット・イット・ビーにヘイ・ジュードのフレーズを混ぜ込むみたいな感じです。

今回は、フミちゃんにこれを混ぜ込んでみました。

何だかとても面白くなってきたので、他の方の作品でもカバー小説やってみたいなーと思います。

椎名ピザさん、面白い企画をありがとうございます。

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