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小6の私から学ぶ


こんにちは☀️

覗いてくださって、ありがとうございます。



今回は、少し過去を振り返ってみようと思います。



霞の1年日記


私はサッカーと同じくらい本が好きな女の子でした。


授業中は本を読む、テストが終わっても本を読む、授業の間も本を読む…

よく友達いなくならなかったな

という感じですよね。笑


安心してください。

休み時間はしっかり外で鬼ごっこしてました。


小5〜小6の時から、読むだけでなく

物語を書くようになりました。


このコロナ期間で発掘して読んでみると

くだらないのから、恋愛ものまで様々。笑



その中で今回取り上げるのは

"霞の1年日記"


自分自身を、霞ちゃんという女の子に重ね合わせて

1年間の出来事を12個に分けて書いていく

という構成です。


小6は、メニーナのセレクションに落ちるという、人生初めての挫折をした時でもあります。


トレセンに選ばれるか…

チームが都大会に行けるか…

中学からどのチームでやるか決まっていない…


たくさんの不安と戦う中で

それと向き合う方法の一つが

本を書くというものでした。



拙い文章で、字も汚い、誤字脱字も多いですが

一部分を切り取って、載せさせていただきますね。


物語は、一人称で、霞ちゃんの目線から書かれています。



その時の私にしか書けないもの。

今の私が読んで、ハッとさせられたものもありました。



興味のある方は…見てもらえたら嬉しいです。



5月


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リレーの選手を決める時の話。
確か、選ばれるのはクラスで2人なのに、1回目のタイム計測で3番目になってしまいました。

たかがリレーの選手。されどリレーの選手。


私は

可哀想って言われること

自分のことを可哀想と思うこと

人に可哀想と言うこと


…あまり好きじゃありません。


"可哀想"という単語がなんとなく好きじゃない。

この言葉はすごく"下"に見ている気がして…。

自分以外の人にも、ほとんど使いません。



"可哀想なんかじゃない。なのに勝手に悲劇のヒロインぶってる。"



その"なんとなく"の

元の感情がこれなのかなと思いました。




"自分次第だよ。"
"逃げる自分とはここでお別れ。"



結果として、この後ダッシュの猛練習をして、2回目の計測で、無事リレーの選手になる事が出来ました。


ダメな自分、遅い自分、可哀想な自分


自分の力で変えることができたみたいです。





7月


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生長…。
誤字がひどい。


これは、中学受験をするかしないか。
それを悩んでいた時でした。


たかが中学受験。されど中学受験。(2回目)
私の中では大きい決断でした。


周りの子が必死に受験勉強をする中


自分が本気でやりたい事はなに?

今はサッカーに集中したいんじゃないの?


そう自分に問いかけて出した答えは

中学受験はしない。というものでした。


"自分で考えなきゃだよね。
人に左右されてばっかじゃ、成長できないよ!
自分でやりたくないんなら、やらなきゃいんだよ!
やりたいんなら、勝手に自分でがんばれる。
楽しんでやらなきゃ時間の無駄。損だよ。
もったいない。
人生一度きりの6年生を、自分の好きなことをして終わらせたい!

よーくよく、自分について考えようよ。
自分というのは、一番不思議で、わかりにくい人なんだよ。
完全に理解することはできないかもしれないけれどね?
少しずつわかろうとすることが大事なんじゃないのかなぁ?"



周りと同じじゃないことは

不安も焦りもありました。


でも私は、こんなことを考えていたみたいです。




1月

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この時はあまりサッカーを楽しめていなかった時です。

サッカーをピアノに例えて書いています。


"聞いていて楽しくない=見ていて楽しくない"


ただ苦しそうに、しんどそうにプレーをしている

サッカーを楽しむ心を忘れてないか?

見ている人にも、それは伝わるのではないか?


そんな事を自分に問いかけた時だったと思います。



小6は

レベルの高い選手と差を感じて焦ったり

セレクションに落ちる事で、自分を否定されたような気持ちにもなったり

自信もなくなっていきました。


心に余裕がなくて、サッカーを楽しめていない

と、自分で感じて

"サッカーが楽しいことを思い出して"

というメッセージを込めて書いていたと思います。


"わからないくせに、偉そうなこと言わないでよ"


というのも、自分が自分に対して思っていた事です。


わかってるよ、でも今はサッカーがつらい。

楽しみたいよ。どうにかしてよ。


そんな気持ちもあったのでしょう。


でも私は、悩んで悩んで

最後は


"ありのままの私で、思い切りピアノを弾く"


そこから、楽しくピアノを弾く、見ていて楽しくないと言ってきた子に楽しいと言ってもらう

=楽しくサッカーをする、見ている人に楽しんでもらう


"そんな風にサッカーがしたい"

"そんな風に思ってもらいたい"


という前向きな結末を書きました。




小6だからなんだ


今回私がこれを取り上げたのは

"今の自分に刺さったから"


たった12年しか生きていない

今の半分くらいしか経験がない私が書いた文章


でもその時だから書ける素直な文章

自分の想いのままに、正直に書いてある。



5月で可哀想な自分、逃げる自分とお別れしたこと

7月で自分の道は自分で決めて、自分の事を知ろうと努めていたこと

11月でサッカーを楽しむことを忘れてないかと問いかけたこと



小6のクソガキが生意気な、と捉えるか

年齢なんか関係ない、今の自分に必要だと聞き入れるか



少なくとも私は、この言葉たちと

バカにしないで向き合おうと思いました。



どんどん成長していくのは良い事。

でもその中でたまに

大切なことを落としてしまっているかもしれない

忘れかけているかもしれない



たまには振り返って、それを拾うのも悪くない。



そんな風に感じた霞の1年日記でした。




小6の私にできて

今の私に出来ないわけないですよね?



やってやります。




これを読んでくださったあなたも

たまには少しだけ過去を振り返って




大切な落し物を拾ってみても良いかもしれません。


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