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スパイの妻 -これこそ正統派のミステリー-

黒沢清監督の作品を観たのははじめてだと思う。

私は映像の文法を主としてアニメから学んだ。実写映画も、名作とされる作品は結構後追いで観てきたつもりだが、公開1年未満の作品、しかも邦画を観たのは実に久しぶりかもしれない。


太平洋戦争直前の神戸。

福原優作(高橋一生)は大きな貿易商を営む。妻は聡子(蒼井優)。この物語は聡子の視点から描かれている。

優作聡子の家庭は中流だが、夫婦ふたりの関係は、欧米風に熱烈に抱き合うなど、コスモポリタンの空気が漂う。

優作は聡子を女優役として、犯罪ドラマの短い映画を会社の忘年会のために撮る。

そして、その撮影のために必要なシーンを撮るためというのを口実に、甥で社員の文雄(坂東龍汰)と共に満州に渡る。

聡子の幼馴染(?)に津森泰治(東出昌大)がいる。彼は特高の幹部として、優作の動向に目を光らせている。

優作の帰国してからのふるまいの豹変に、聡子は不信感を抱く。

文雄も突然会社を辞め、有馬温泉の夫妻のなじみの宿で小説を書くと籠もることとなる。

海に女性の水死体がみつかる。その女性は優作と文雄が満州から連れ帰ったらしいことを聡子は知り、一層優作への不信感を募らせる。

聡子に問い詰められて、優作は、満州で、関東軍の秘密情報と、その証拠を握ったことを告白する。

それをアメリカに持ち出そうとしているとのこと。

聡子は「私はスパイの妻になってもかまいません」。

ここから泰治と福原夫妻のだましあいのサスペンスがはじまる。

しかし、それは、優作と聡子のだましあいでもあった・・・

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脚本は、映像の文法というものに熟達しきった、実によくできた、しかも引き締まったものだと思う。

これぞ「正統派」という感じで、何も特撮やアクションシーンはないにも関わらず(セット撮影は船内のシーンぐらいではないか?)、手に汗握る展開を、飽きることなく楽しませてくれる。

オチが3回ぐらいのどんでん返しがある。

成熟した蒼井優の演技も素晴らしい。

BGMが殆どない。

その一方、劇中劇として挿入される映画など、フィルム上映が効果的に使われている。

観ているうちに、伏線の貼り方が読めてくるところと、その上を行く展開の両方があるのがいい。

このあたりが、ミステリー映画を観たい人々を満足させる調合であろう。

誰にでもお勧めできる五つ星映画だが、最低限の歴史認識・・・特高と憲兵の服装の違いとかを含めては持っていて欲しい。

Amazonレビューの上位に、関東軍の陰謀は史実ではない、式の否定的評価が跋扈しているが、それも「フィクション」の一部かもしれないものとして観るくらいの余裕は欲しい。

・・・はい、あなたたちは「騙されない」だけの見識をお持ちなわけね。わかったわかった。

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黒澤との共同脚本は、まもなく、カンヌ国際映画祭で4つの賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」が公開される、監督濱口竜介氏である。

本作自体も、ベニス国際映画祭コンペティション部門で銀獅子賞受賞。

NHKエンタープライズ制作のBS向け長編ドラマを最低限修正したものとのこと。

Amazon Prime Video、Netflixでストリーミング配信。



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