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グッド・バイの洋平タイム〜「飲みましょう。乾杯。グッバイ。」 小林洋平

「飲みましょう。乾杯。グッバイ。」
太宰治=道化なら、スタンダップコメディはどうだろうか。
底なしにネガティブなコメディになるのでは?
一人で舞台に出て行って、挨拶がわりに「生まれてすみません」。二言目には「死にたい、いっそ、死にたい」と飛び跳ねて、「恥の多い生涯を送ってきました」と言いかけてゲロを吐く。志賀直哉を「アマチュアである」と扱き下ろし、川端康成を「刺す」と脅迫する。酔いが回ってきたら、酒瓶をマイクに見立てて「井伏鱒二には成れない」と泣き崩れる。
いかりや長介なら「だめだこりゃ」、シラフの太宰が見ていたら「こいつ失格」と言うに違いない。
楽しいじゃないか。

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この洋平タイムは9分ほどでほぼ最長なのだが、楽しく(?)やれたのは太宰の語り口が面白かったのと、太宰の言葉が自分の心情とシンクロしたからだ。
一人で舞台に出て行って、「なんの自信もありません」「拒絶しないでください」と観客に向かって言う。それはまさしくドキュメンタリーであった。
つまり、大っぴらに弱音を吐くのが痛快だったのである。

台詞は以下の作品からコラージュした。
「20世紀旗手」
「人間失格」
「手紙 淀野隆三宛」
「創生記」
「渡り鳥」
「女神」
「I can speak」
「如是我聞」
「川端康成へ」
「井伏鱒二選集」
「散華」
「母」

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Yoh 津島です(ああ!)。津島修治です。本名です。
すみません。生まれてすみません。なんの自信もありません。
死にたい、いっそ、死にたい、
拒絶しないでください。拒絶しないでください。どうにも死ななきゃ直らない。
もういい。太宰、いい加減にしたら、どうか。
あなたはやっぱり狂人、いや、癈人という刻印を額に打たれる事でしょう。
失格、人間。
もはや、あなたは、完全に、人間で無くなりました。
額は平凡、額の皺も平凡、眉も平凡、眼も平凡、鼻も口も顎(あご)も、ああ、
死にたい、いっそ、死にたい、もう取返しがつかないんだ、どんな事をしても、何をしても、駄目になるだけなんだ、恥の上塗りをするだけなんだ、ただけがらわしい罪にあさましい罪が重なり、苦悩が増大し強烈になるだけなんだ、死にたい、死ななければならぬ、生きているのが罪の種なのだ、
ただ、一さいは過ぎて行きます。グッド・バイ!
あなたがいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく たった一つ、真理らしく たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
なんの自信もありません。恥の多い生涯を送って‥‥(吐く)
飲みましょう。乾杯。グッバイ。
きょうは実に、よい日ですね。奇蹟の日です。昭和十二年十二月十二日でしょう? まさに神のお導きですね。十二という数は、実に神聖な数ですからね。
立川というのを英語でいうなら、スタンデングリバーでしょう? スタンデングリバー。いくつの英字から成り立っているか、指を折って勘定してごらんなさい。そうれ、十二でしょう? 十二です。たしかに、立川は神聖な土地なのです。三鷹、立川。うむ、この二つの土地に何か神聖なつながりが、あるようですね。ええっと、三鷹を英語で言うなら、スリー、……スリー、スリー、ええっと、英語で鷹を何と言いましたかね、
野口(空間現代gt.vo) ホーク
Yoh ドイツ語なら、デルファルケだけれども、英語は、イーグル、
野口 ホーク
Yoh いやあれは違うか、
野口 ホーク
Yoh とにかく十二になる筈です。馬鹿野郎。
――ば、ばかにするなよ。何がおかしいんだ。たまに酒を呑んだからって、おらあ笑われるような覚えは無ねえ。I can speak English. おれは、夜学へ行ってんだよ。I can speak English. Can you speak English? Yes, I can. いいなあ、英語って奴は。
飲みましょう、乾杯。グッバイ。
おい、文学を談じましょう。文学論は、面白いものですね。ところで一つ考えてみましょう。あなたがこれから新作家として登場して、三百万の読者の気にいるためには、いったい、どうしたらよいか。これは、むずかしい事です。しかし、絶望してはいけません。これはね、いいですか? いまはやりの言葉で言えば、あなたには、可能性がある。
飲みましょう、乾杯。グッバイ。
文学を談じましょう。志賀直哉という作家がある。アマチュアである。六大学リーグ戦である。所詮あの人は、成金に過ぎない。暗夜行路。大袈裟な題をつけたものだ。彼は、よくひとの作品を、ハッタリだの何だのと言っているようだが、自分のハッタリを知るがよい。その作品が、殆んどハッタリである。詰将棋とはそれを言うのである。いったい、この作品の何処に暗夜があるのか。風邪をひいたり、中耳炎を起したり、それが暗夜か。馬鹿野郎。
川端康成へ。あなたは文藝春秋九月号に私への悪口を書いて居られる。これでみると、まるであなたひとりで芥川賞をきめたように思われます。おたがいに下手な嘘はつかないことにしよう。小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。ただ私は残念なのだ。川端康成の、さりげなさそうに装って刺す、装い切れなかった嘘が刺す残念でならないのだ。刺す。
私は十四のとしから、井伏さんの作品を愛読していたのである。
私は、阿佐ヶ谷のピノチオという支那料理店で酔っ払い、友人に向かってこう云ったのを記憶している。おれは、勉強しだいでは、谷崎潤一郎には成れるけれども、井伏鱒二には成れない。
山椒魚。何も言うまい。ゆっくり何度も繰りかえして読んで下さい。いい芸術とは、あんなものなのだから。
飲みましょう、乾杯。グッバイ。(泣く)
なんの自信もありません。なんの自信もありません。
(カウンターに瓶を置いてポケットから手紙を取り出す)
Abe 御元気ですか。遠い空から御伺いします。無事、任地に着きました。大いなる文学のために、死んで下さい。自分も死にます、この戦争のために。
Yoh 文学を談じましょう。軍隊では、ずいぶん殴られましてね(酒瓶で敬礼する)。小生意気に見えるんでしょうかね(酒瓶で敬礼する)。しかし、軍隊は無茶苦茶ですよ(酒瓶で敬礼する)。僕はこんど軍隊からかえって来て、鴎外全集をひらいてみて(酒瓶で敬礼する)、鴎外の軍服を着ている写真を見たら、もういやになって(酒瓶で敬礼する)、全集をみな叩き売ってしまいました(酒瓶で敬礼する)。鴎外が、いやになっちゃいました(酒瓶で敬礼する)。死んでも読むまいと思いました(酒瓶で敬礼する)。あんな、軍服なんかを着ているんですからグッバイ(酒瓶で敬礼する)。いやになるね(酒瓶で敬礼する)。ひとを殴るなんて(酒瓶で敬礼する)、狂人でなくちゃ出来ない事なんじゃないかグッバイ(酒瓶で敬礼する)。僕はね、軍隊で、あんまり殴られるので、こっちも狂人の真似をしてやれ(酒瓶で敬礼する)と思って(酒瓶で敬礼する)、工夫して(酒瓶で敬礼する)、両方の眉を綺麗に剃り落して(酒瓶で敬礼する)上官の前に立ってみた事さえありました(酒瓶で敬礼する)。呆れていました(酒瓶で敬礼する)。かえってひどく殴られましグッバイ(酒瓶で敬礼する)グッド(酒瓶で敬礼する)バイ(酒瓶で敬礼する)グッド(酒瓶で敬礼する)バイ(酒瓶で敬礼する)グッド(酒瓶で敬礼する)バイ(酒瓶で敬礼する)グッドバーイ!
おうい、おかみさん、ここの勘定をしてくれ。全部の勘定だぜ。全部の。それでは先に失敬。
自殺の許可は、完全に幸福な人にのみ与えられるってさ。これはヴァレリイ。わるくないでしょう。僕らには、自殺さえ出来ない。どうすりゃ、いいんだい。
飲みましょう、乾杯。グッバイ。グッ

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洋平タイムとは 小林洋平


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