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あなたの「痛み」を語りたいと思うのなら、「あなた自身の言葉」のみで語るべきだ。

「痛みを共有していることは事実」という文言を見つけた瞬間、内臓が焦げついた。勝手にひとの気持ちを断じて、勝手にそれを「事実」にして、躊躇いなく相手に押し付ける。そういう無神経さこそが彼を嫌っていた理由だったな、と思い出してひとり苦笑した。

彼、というのはぼくの双子の弟だ。ぼくたちはなんの因果か双子としてこの世に生まれ落ちたのだけど、「双子」というとくべつな響きにおよそ似つかわしくないほどなにもかもがかけ離れていた。思想も主義も主張も、思考も、感性までも。

その彼から2ヶ月ほど前、「接触」を受けた。「接触」の内容こそやわらかく、なんなら過去のぼくへの加害を「悔いている」とさえ表現していたが、しかしながら彼は自分からの「接触」そのものがぼくへの加害になり得ることはなぜ想像できなかったのだろうか。

ぼくはこれまでここやいくつものメディアで書いてきたとおり、彼を心底、憎悪している。書いて、書いて、書き続けて、そしてすこしずつ記憶から彼の存在が薄れていったところだった。ここ数年は、ほとんど思い出すこともなかったというのに。それなのになぜ、このようなかたちで「接触」して、自らの存在をわざわざ思い起こさせるのだろう。おかげでこっちは彼から受けた罵詈雑言がまたフラッシュバックする始末だ。

正直、彼のことなんかここであらためて書きたくなどない。彼はもうすでにぼくの人生から退場した人物であり、端的に言えば関わりたくないのだ。でも、どうやらその思いは伝わっていなかったらしい。「察しろ」と仄めかしているわけじゃない、ぼくははっきりと、明確に、言葉で、何度も何度も彼自身に対し、直接、告げてきた。「あなたが嫌いだ」と。「金輪際、二度と関わりたくない」と。それでも伝わっていなかったことに絶望したが、それならもう、書くしかない。

まず、彼は「痛みを共有していることは事実」と迷いなく言い切っていたけれど、これは事実誤認である。ぼくはだれとも「痛み」を共有しない。そもそも、たとえ加害者が同一人物であろうと、自分と同じ「痛み」を持つ人間などこの世に存在し得るのだろうか。ぼくの答えは否だ。

加害から受ける「痛み」は、各々の感受性を媒体にして個人のうちに生ずる。ぼくと彼の感受性は、宇宙の端と端ほどに遠く、その色もかたちもまったく異なるはずだ。重なるところが1ミリだってないからこそ、ぼくと彼はこんなにもわかり合えない。だから、たとえ同じ/似た加害を受けようと、同じ「痛み」にはならないのだ。なぜならあなたとぼくは、違う人間だから。

彼の感受性の有り様など、ぼくはすこしだって知らない。色もかたちも、わからない。わかろうとも思わない。そして彼もまた、ぼくの感受性をすこしだって理解しない。ぼくは彼を、愛していないから。彼はぼくを、愛していないから。

もうすこしわかりやすい言葉で言おうか。──知った口をきくな。ぼくのことなどなにひとつ知らないくせして、ぼくの気持ちを勝手に断ずるな。ぼくの「痛み」がどのようなものであるか、それを語っていいのはぼくのみだ。あなたにそれを語る権利はない。

だいたいこの「接触」こそが、我々の感受性の遠さを確固たるものとして裏付けている。あなたはぼくとのあいだに起きた諍いを「お互い様」と結論づけていたが、あなたの「接触」自体がそれと矛盾していることに気付いているか。“お互い様”。たしかにぼくもまた、あなたに加害をした。その自覚はもちろんあるし、まだ保有している記憶もある。ぼくが忘却の彼方においやってしまった加害もまた、存在するだろう。そこだけ切り取ればなるほどたしかに、ぼくとあなたとのあいだに起きたことは“お互い様”だ。

でも、あなたはぼくとの交流を望んだ。対してぼくは、これまでずっと、あなたとの交流を拒絶してきた。あなたとの関わりを断絶してきた。それはあなたも、いや、あなたこそがいちばん知っているはずじゃないか。この決定的な違いこそが、ぼくとあなたの諍いが“お互い様”でない証拠だろう。そしてあなたの「接触」が、これを裏付けた。

つまりはぼくとあなたとの相互の加害が仮に同等であったとしても、あなたの「痛み」とぼくの「痛み」は、まったく質が違う、ということ。皮肉にもそれを、あなたはあなた自身で、ぼくへの「接触」というかたちで証明してしまった。

彼がぼくの「痛み」を勝手に代弁して吹聴しているのを、数年前にひょんなきっかけで知った。それを咎めるつもりなどなかった。彼がこんなことをしなければ、一生知らぬ存ぜぬを貫き通してあげるつもりだった。でも、彼自身がぼくの言葉にすこしだって耳を傾けようとしないのなら、目をつむる義理もないだろう。

「彼女(この代名詞はそもそもミスジェンダリングである)は親父の〇〇という言葉を苦にして、大学受験に失敗したあと家出をした」と、彼は第三者に語っていたようだ。ふざけるなよ、そうじゃねえよ。それを知ったとき、思わず机を拳で叩いた。それも理由のひとつだが、それだけじゃない。

ぼくの家出の原因には、あなた自身も含まれる。それをあなたにわかってほしいだとか知ってほしいだとかは思わないけど、でも理解しないからぼくに「接触」してくるのであれば、あなたに伝えておく必要がある。でも具体的にどのようにあの日のぼくの家出にあなたが作用しているのか、それをここに書くつもりはない。それをあなたが知る必要はない。

赦せないのはあなたがぼくの「痛み」を、あなたの都合のいいように脚色した上で、あなたの「痛み」の語りの材料にしていることだ。ぼくの──他者の「痛み」のエピソードを自らの「痛み」の語りの補強に使う。説得力を持たせるためのmaterialとして。それがどれほど卑しい行為か、あなたはわからないのか。

あなたはこの期に及んでまだ、ぼくが自分の“下”にいてくれないと、安心できないのですか。自尊心を保つために、ぼくとあなたの優劣を都度、確認しないと気が済まないのですか。そうしないとあなたは、生きていくことさえできないのですか。

そうじゃなければぼくの「痛み」にべたべたと勝手な意味づけをして補強の材料にする際、ぼくがそのあと国立大に編入した事実や学部卒業後そのまま院進して修士号を取ったことを端折らなかったはずだ。この事実を端折ることにより、「なんとか親父の虐待に耐え抜き現役合格した自分」と「心折れて失敗した出来損ないの姉(腐った卵みたいなにおいのする代名詞だ)」の対比を浮き彫りにして、周囲に印象付けたいのか。あなたの本意がどうであれ、ぼくはそのように受け取った。そういうあなたのいやらしさを、ぼくは心底軽蔑する。

そしてまた、あなたは親父の言いつけで母と共に家出したぼくをひっ捕まえにきたが、あなたがその行為を「彼女の(クソみてえな代名詞だな、つくづく)の無事を確認しに行った。彼女が家出の過程で事件や事故に巻き込まれなかったのも、無事に親戚と合流できたのも、不幸中の幸い」等まるでぼくのことを慮った末の行動であるかのように表現していたことにも反吐が出る。あなたはただ単に、親父の命令で仕方なく母と共に来ただけだろう。

ぼくは文章で飯を食ってるから語りの脚色を当たり前だと捉えているけど、あなたのそれは単なる事実の歪曲だ。このエピソード内であなたは自らを「姉を救いに飛んできたヒーロー」のように描写しているが(あるいは記憶そのものを都合よく描き換えたのだろうか。いずれにせよあまりに馬鹿馬鹿しく陳腐な改編だ)、あなたはどうやら、そのとき自身がなんて言ったか忘れているらしい。あなたはぼくに、自殺未遂をした直後のぼくに、心身ともに著しく衰弱していたぼくに、「ダメ人間」と言い放ったのだ。「現役合格できなかったダメ人間」と。それも京都に滞在中、何度も何度も繰り返し、執拗に。あなたのこの言葉が、どんな声色で、どんなトーンで、どのくらいのボリュームで放たれたのか。それをぼくは、ひとつも漏らさず覚えている。(あと付け加えておくが、ぼくは母方の親族に心を開いていた覚えなどない。ぼくが愛していたのは祖母だけだ。ここでもあなたは、ぼくの気持ちを勝手に断じている。)

あなたはぼくと「疎遠になった」と思っているようだが、これまでぼくと過ごした時間を今一度、思い起こしてほしい。まず「疎遠」とは、もともと関係性が構築されていた人間同士が離れ離れになってしまった状態を指す。ぼくとあなたとのあいだに、そもそも関係性など構築されていただろうか。ぼくたちはただ同じ瞬間に同じ胎に着床したというだけで、共通点はそれのみだ。保有している同じ経験は、その1点のみに限られる。

会話も交流もなかったぼくとあなたとのあいだに、いったいどのような関係性が在ったというのだろう。ぼくとあなたは、「疎遠になった」のではない。ハナから関係性そのものが存在していなかった。

そしてあなたはぼくに対し、「(勝手に)連帯感を覚え」ているようだ。理解し得ぬようだから、この際はっきりと文章に残そう。あなたから一方的に連帯感を覚えられていると思うと、心底ぞっとする。気持ち悪い。気味が悪い。

いいか、ぼくはあなたに連帯などしない。連帯感を覚えたことなど、これまでの人生で一度もない。ぼくは安易に他人と連帯なんかしない。ぼくの「痛み」はぼくだけのもので、だれともわかち合いたくなどない。

その上で。ぼくの「痛み」を共有できずとも、それを癒してくれたひとはいる。友人たち、過去の恋人たち(ここに「女性」が含まれることも、あなただけには知られたくなかった)、現在の夫。彼ら/彼人ら/彼女らを差し置いてあなたが「(ぼくと)痛みを共有しているのは事実」と言い切ってしまうのって、かなり傲慢じゃないか。ぼくのかつて愛したひと/現在愛しているひとを飛び越えて、なぜあなたがしゃしゃり出てきてぼくの「痛み」を識っていると言い切るのか。ここにもぼくは、憤りを覚える。

「痛み」と向き合うというのは、そもそも果てしなく孤独な作業だ。だれとも共有しないと書いてきたが、無論これらにぼくだってひとりで(現在進行形で)取り組んでるわけじゃない。先に挙げた人らの力を借りて、どうにかこうにかやってきた。でもその主体はいつだってぼく自身だ。あなたの「痛み」を自らの「痛み」の語りのmaterialになどしなかったし、説得力の補強にも使わなかった。ぼくの連載をすべて読んだのなら、わかるだろう。あなたのエピソードは最低限しか出てこなかったこと・あなたの「痛み」の代弁は一切しなかったことが。(無論、あなたからの加害やあなたとのあいだで生じた「痛み」を書くときは、もちろんあなたに言及したが。それでもあなたの「痛み」を決めつけたり、断じたり、代弁したりはしなかった。)

あなたがあなたの「痛み」を語りたいと思うとき、ぼくの「痛み」のエピソードを──それがたとえどれほどあなたの「痛み」の語りの強度に甚大な影響を及ぼすとしても──借用してはいけない。あなたがあなたの「痛み」を語るのならば、それはあなた自身の言葉で、物語で、やり遂げなければならないのだ。ぼくの「痛み」を材料にした途端、あなたの「痛み」は陳腐な代物に成り下がるだろう。

あなたはあなたのやり方で、あなたの「痛み」に向き合うべきだ。どうやったらあなたの心が救済されるのか、その方法はあなた自身の力のみで見つけるものだ。それはぼくの力を借りずに成すものだ。理不尽だとは思う。なぜ被害者のみがひとりの力でもがかねばならないのか、どうしようもなく遣る瀬無い。でも、あなたの「痛み」はあなただけのもので、それはだれともわかち合えない。

あなたの「接触」について、それを受けたときからずっとずっと、考えていた。あなたがどんな意図を持っていたのか、どういうつもりでそれを図ったのか。しかし考えても考えても、ぼくにわかるはずがない。あなたのことなどなにひとつ知らないし、知ろうともしてこなかったし、これから先も知りたいと思わないから。

だから不気味だった。親父に言い付けてやるぞという脅迫だろうか。それとも衷心からの「謝罪」の意を示したかったのか。はたまた「痛みを共有している」者として「連帯」し、親父に歯向かってほしかったのか。あなたの「痛み」を癒し、恨みや憎しみを晴らす協力を仰ぎたかったのか。あるいは逸る好奇心を抑えきれず、ぼく=姉(不快な代名詞だ。何度だって言うけど)であることをたしかめたかっただけなのか。あなたが結んだとおり、「興奮して筆を執った」だけなのだろうか。

最後だったら最悪だ。結局あなたは、あなたのことしか考えていない。あなたの「興奮」をただ消化したいがためにぼくに「接触」したのなら、そういうひとりよがりなところがあなたを嫌っていた理由のひとつだと明言する。

あなたの「接触」により、あなたは満足したかもしれない。あなたの中のなにかは、満たされたのかもしれない。でも、それを受けた相手がどう感じ、どう思うのか、なぜ微塵も想像しなかったのか。もう一度繰り返す。ぼくはあなたに、言葉でもって、はっきりと、「嫌いだ」と伝えてきたはずだ。それでもなおあなたの「接触」をぼくが好意的に受け取るはずだと思っていたのなら、申し訳ないがあまりに浅慮だと言わざるを得ない。

ここまで憤懣やるかたない気持ちを書き連ねてきたが、しかしあなたから「接触」を受けてからの約2ヶ月で、あるひとつの答えが出た。ぼくはあなたを憎んでる。今でもあなたが嫌いだし、あなたの顔を思い出すだけではらわたが煮えくりかえる。でも一方で、ぼくの中には現在、あなたに危害を加えたい気持ちが寸分たりとも残っていなかった。ぼくの内側をどれほど探っても、かつてあなたに対し持っていたはずの暴力的な感情は見つからなかった。あなたへの関心そのものが、どうやら失せてしまったようだ。わりと本心で。蓋を開けたらそこは「無」だった。

あなたに不幸になってほしいとも思わない。嫌な目に遭えばいいとも、暗澹たる人生を泳げばいいとも思わない。ただ、幸福も願わない。満ち足りていてほしいとも、明るい未来が待ち受けていてほしいとも思わない。あなたに興味も関心も寄せない。繰り返しになるが、あなたと「痛みを共有している事実」はないから。あなたに連帯感は覚えないから。──あなたを愛していないから。

この文章内であなたから受けた(過去の)加害については、具体的には書かない。謝罪も贖罪も、求めない。悔いてほしいとも思わない。わからなくていい、わかってほしいとも思わない。

だから金輪際、二度と、ぼくに接触しないでくれ。二度と関わらないでくれ。二度と交流を求めないでくれ。インターネットでものを書いている以上、読むなとは言えない。あなたの精神衛生を考慮すると、「読まないほうがいい」とは思うが。それでも、二度と干渉しないでくれ。二度と連絡してこないでくれ。これに対する返事も要らない。ともすれば反論したくなるかもしれないが、そもそもこれを書かせたのはあなたの一方的な「接触」が引き金だと自覚してくれ。あなたの「接触」により、ぼくは取り返しのつかないところまで損なわれた。あなたの「接触」そのものが、ぼくにとっては加害だったのだ。

これが生涯であなたに送る最後のメッセージとなることを、切に願う。

※もし次にあなたからどのようなかたちであれ「接触」されたときには、迷いなくすぐさま法的措置を講ずる。


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