【読書log】 『サラブレッドに「心」はあるか』

積読になっていた本。
いつ買ったのかも覚えていないが、タイトルが興味を惹く。

JRA競走馬総合研究所所属の獣医・研究者である著者が読者からの質問に答える、という内容で過去に競馬雑誌に連載されていたシリーズ記事を再構成した書籍。

馬に関する一般的な知識だけでなく、JRAの研究者ならではの視点と研究手法で競馬にまつわる動物行動学が解説されていて非常に楽しく読めた。

種牡馬ごとの産駒の性格の傾向分析

たとえば、トレセンで毎日行われている入厩馬の検疫・馬体検査の様子を1年間毎日観察して、検査最中の反応からその馬の「おとなしさ」を点数化するという研究。
性格のおとなしさは怪我のリスクや調教の容易さ、レース中のジョッキーとの折り合いに関わるため、競走馬にとって重要な要素の一つである。

研究チームは当初、馬の性格は幼少期の環境、つまり生まれ育った牧場の影響が強く出ると予想していた。
しかし、実際に見出されたのは種牡馬による遺伝の影響だった。
ある種牡馬の産駒の90%がおとなしさの点数でA評価だった一方、別の種牡馬の子供たちは30%しかA評価ではなかったという。

当然だがそれぞれの種牡馬の名前はさすがに公表されていない。(なんだかある程度予想ができそうな気もする。)

「競馬はブラッドスポーツ」なんて言葉があるが、馬の性格に遺伝が大きく影響していることが科学的にも証明されているのは、とても面白かった。

尻尾のリボンの由来は?

尻尾に赤いリボンがついている馬は蹴り癖がある目印だということはよく知られているが、意外にもその由来は明らかになっていないらしい。

本書では赤信号と関連づける俗説を、「日本で初めて赤い信号が設置された昭和5年よりも以前からその習慣がある」として否定している。

本文中で著者が「真の馬博士」とする人物によると「”日露戦争の際に蹴り癖の軍馬の尻尾にリボンをつけていた”という内容を何かの本で読んだ、司馬遼太郎の『坂の上の雲』だったかもしれない」とのこと。

そこで著者は司馬遼太郎の『坂の上の雲』を全巻図書館で借りてきて通読したが、結局そのような記述は見つけられなかったよう……。

もし、日露戦争を題材にした小説について詳しい人がいたら教えてほしい。

そのほか面白かったところ

現在のサラブレッドを父系で遡っていくと、全ての馬が三大始祖と呼ばれる3頭の種牡馬に辿り着く(『ウマ娘』に登場する三女神の元ネタ)。
しかし母系の血統も含めて遺伝的貢献度を計算すると、その中にCurwen's Bay Barbという全く無名の種牡馬が割り込んで第3位になるという。

算数の問題が解けるほど非常に賢い「クレバー・ハンス」という馬の話。「周囲の人間の反応を観察して行動することで答えを出していた」と明らかになったが、それほどまでに馬の社会性や知能は高い。
競走馬でも、レースが近づくと気合いが入ったり自分で体重管理したり、レースに勝った時に楽しそうに歩いたり世話する人に甘えたりする馬のことが話題になるが、これも人間の反応を観察しての行動と言えそう。

まとめ

JRAの中の人しかできない実験がたくさん登場してとても面白かった。
引退馬の行き先で「研究」というものをたまに見かけるが、この本で紹介されているような実験に使用される形で科学や競馬に貢献してくれているのだと分かった。

尻尾のリボンの話。
馬という存在を通して生物学と文学、異なる学問領域がクロスオーバーするのも楽しい。人気YouTubeチャンネル『ゆる言語学ラジオ』の企画「ゆる学徒ハウス」に登場した「ゆる馬学ラジオ」を思い出した。


この本を馬券に役立てようとするのはちょっと違うと思うが、パドックで見るべき体の特徴や行動など、参考にすると予想のファクターや楽しめるポイントが増えるのはいいと思う。

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