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灯台のある海辺の町に泊まった。小雨の降る白い海を眺めてすごす。
すこしずつ明けてゆく夜を照らすように灯台の明かりが見えては隠れる。明滅する光。命の鼓動みたいだった。
十年の付き合いになる人から、小説、書きませんか、と声をかけてもらって書きはじめたのが一月、渡したのが三月。フィードバックをもらって、五月と六月はずっと直していた。勤めの仕事以外の時間、ほとんどを書くことにあてていて、六月の末にようやく渡すことができた。
通勤するあいま、道沿いに咲いていた立葵がきれいだった。遠くへ行こう、と思った。
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灯台と白い海を見つめながらなにもしなかった。
ぼうっとする時間。窓の外の雨。
六月は声の出せない時間が多かった。食べることも、眠ることもできない日もあって、記憶がない日も多い。
人と会って話した二時間ぶんの記憶がなくて、相手を傷つけてしまったことがあった。
新しいことを憶えられないことや、たくさん忘れてしまうこと、頭がすこしずつ壊れてゆくことで、生活に支障が出はじめている。いつまでもつんだろう、と思う。残された時間、あとどれくらいあるんだろう。
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灯台の明かりとか。ベッドのうえで本を読んだあとのうたた寝で見たたくさんの小鳥の夢とか。ただ降る雨音や、ひろがる白い海のこと。
忘れてしまうかもしれない瞬間を、大切に見つめている。愛しむために。
憶えておきたいなら書くしかないんじゃない、と言われたことを思い出して、携帯のメモに、言葉を残しておいた。
橋みたいだ、と思う。遠ざかる存在につながってゆく、祈りのように架ける橋。
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七月。フィルム写真の現像が返ってきた。
通勤のあいま見つめていた立葵、いまは伐られてしまってもうどこにもない花が映っていた。人のいない道ばたに咲いていた千鳥草と。泣いた日に見た木槿。
時間はあっという間に遠くなって、届かなくなってしまう。でも消えてはいない。ふれることができないだけでその時間はどこかにちゃんとある。大切に想った気持ちも、からだのなかに残っている。忘れてしまっても。
書いた言葉や、撮った写真にふれていると、そのときたしかにあった愛しさがそこにちゃんと生きていることに気づく。表現のなかに愛しさは生きていて、たぶんそれはずっと、残るんだと思う。