見出し画像

羽衣

海辺の町を歩いていたときのことを、ときどき思い出す。

四国の、瀬戸内海に面したちいさな町で、家も建物もすくなくて、なだらかに傾斜して浜辺まで続いてゆくような、おだやかな景色だった。道に沿ってしばらく歩いていて、こじんまりとした家がぽつんぽつんと見え隠れして、だれもいなくて、人の生活する音すら聞こえなかった。

コンビナートや漁師町ともちがう、そして波が荒くないのか堤もぜんぜんなくて、昔からそのまま、とくべつ大きく変わることもなく注目されることもなく、ほんのわずかな人たちだけが住んできたような、片田舎の海辺。そとにある、どんな景色とも似ていなかった。

学校の調査実習で四国のある町に滞在することになり、現地集合だったため私はどこかで一泊くらい寄り道してから実習に向かおうと思って、はやめに四国入りして近くの町に宿をとったのだった。それがその海辺の町で、もう名前も覚えていない。観光地でも漁村でもない、ふだんは人の訪れなどほとんどないのかもしれない。そこに一軒だけなぜかとても安い宿があって、学生ひとりでも泊まりやすそうだったのでそこに行った。駅から2、30分くらいしたような。ほんとになんにもなかった。海までは1分くらいで、浜辺でしばらくぼうっと西の空を眺めてから宿に行った。

宿の主人は作務衣を着ていて僧侶なのかもしれなかったけれどやたらビールに詳しかった。生ビールのサーバーがあって、のむか、と言われたけれど断った。(当時私は19歳だった。)話すのが好きらしかった。とても長い身の上話を聞いた。

本州のとある街で大きな企業に勤めていたこと。部下も何人もいて〇○円規模のお金の動く仕事だった。(額を聞いてもすごさがわからなかった。)でもこのままじゃだめになると思った。そのときにある女性歌手の歌を聴いた。

天啓かと思ったよ。雷に打ち抜かれたみたいに、どーん、とやられて、その瞬間、あぁおれ仕事辞めようと思って退職して四国に来て宿をはじめたんだ。

その歌手のすごさについて熱く語りながら、いやもうほんとに素晴らしい歌なんだよ、とその人は言っていた。
人生にはそういうことが起きるときがあって、そういうときは声を聞いたほうがいいんだ、とかいう人生訓を説くのではなくて、とにかくその歌手の歌が、自分の魂にどれだけ響いて、どれだけすごかったか、そして手にしたすべてを捨ててでも自分は新しい生きかたを選んだんだ、ということだけをその人は話していた。素直な人だな、と思った。

✴︎

画像1


人生のうちでなんどか、あるいはかなりの回数、脇道というか、逸れ道というか、隘路(あいろ)というか、そういうものに出くわしてしまうことはあって、それが見えたとしても多くの人はそれに目を凝らさないで通り抜けるのだと思う。
でもときどき、その隘路のほうにふっと行ってしまう人というのは、いる。いい悪いではなくて。それが起きるときはある。
賢いか賢くないか、正しいか正しくないか、当人や他人があとからあれこれ言うことはあっても、結局のちに判断したときそれがどうであろうと、行く人は行く。その先に待っているのが崖だろうと花畑だろうと。魔がさして向かってしまう人もいるし、勢い込んでのし進む人もいる。

あのとき実習まえにふっとわき道にそれて私が歩いていった先にいたあの宿の主人も、隘路に入っていった人だと思う。そこにあるのは崖でも花畑でもなくて、それなりの日常で、彼に応じた新しい生活で、なんでもない毎日だった。すこし寂しそうででも楽しそうで、お客と話す海辺の暮らし。
そういうありかたを羨ましいとかは、とくに思わない。それはひとつの人生にすぎないし、隘路を選べることがすごいわけでもない。私自身、隘路を見ると、目を凝らして見てしまう。行かないこともある。でも直感がそうと言うときは基本的に進む。ものすごく慎重な性格なので、びくびくしながら、いつでも戻れるよう道を確認しながら、でもハブが出ようが蛇が出ようが行くべきなら迷わず行く。わりとそういうふうに生きてきたので宿の主人がすごいともひどいとも思わない。そういうものだと思う。行くしかないとき行く人は行く。そして隘路を進んだことで、その先に劇的ななにかが待っているということは、私の経験上だと、そんなにない。劇的なことは隘路だろうが本道にいようが起きる。し、だいたい避けられない。

でも隘路を進むことで見えたもののことは、体験としてしっかり残っている。

✴︎

宿の主人のことは、じつはそんなに印象に残っていない。あまり思い出さない。そういう人もいたな、というくらい。お昼ご飯を食べにおいしいうどん屋さんに連れて行ってくれて、お会計のとき私が貰った割引券を、あぁ君はもう来れないだろうからこれはおれが貰っておこう、と私の手からすっと引き抜いたときの、表情とかはよく覚えている。(人間だな、と思った。そしてほんとに、素直な人だな、と思った。)

でもときどき、あの海辺を歩いていたときの空気を、ふっと思い出す。

どんな建物があったかとか、砂浜がどうだったかとか、視覚の記憶はいっさい残っていない。ただぼんやりと、家もすくなくて、人の気配がなくて、いつなのか、どこなのか忘れてしまうような、外界から隔絶されたみたいにぽかんと中空に浮いたような、あの町の空気を思い出す。どこかものさびしくて、でものどかで、おだやかな、やわらかい夕暮れと波音のある町にただよっていた空気のこと。
それがときどき、ぐわっと、はげしい生々しさでよみがえってくる。

そういうとき、ぽかん、とする。

いま立つ自分の世界がぐらりとゆれる。積み重ねてきたいろいろや、がんばっていたこと、悩んでいたこと、うまくいかないこと、うまくいってること、そういうここにあるものぜんぶが遠ざかる。
ふっとあいた隘路の、どこかものさびしくてのどかで、おだやかな海辺の空気がやってくると、いまある現実のぜんぶがどこかに行ってしまいそうになる。

あのときふれたもののなにかに、激しく心を奪われたとか、深い教訓を得たとか、人生が激変するほどの感動を得た、とかそういうことはなかった。あったのはなんでもない海辺の空気で、とくに語るべきなにかもない。

でも隘路でみつけた体験の記憶は、ときどきふっとやってくる。なつかしいなにかとか、心に響いたあのとき、みたいなものでなく。安易な言語化を拒むような、体験の質感が、そのままのかたちでぐわっと押し寄せてくる。

あのときの感じ。じょうずにことばにすることはできないし、されることも拒むような明確な質感としていつも現れてくる。私がどんな状態にあろうとそれはふっとやってきて、それが起きるといまある現実に紗がかかり、膜を張ったようになり、現実感がどんどん遠のいて、そこにあるのはあの海辺の空気だけになる。


羽衣に似ている。

かぐや姫が月に帰るとき、月からの使者が姫に羽衣を着せる。そうするとそれまでお世話になっていたおじいさんやおばあさん、大切だった人たちへの感情のいっさいを忘れてしまう。そうして姫は月に帰る。
その羽衣みたいだ、と思う。
すべてを忘れてしまいそうになる。


現実にあいた穴のように、隘路として現れたその記憶のほうに、あのものさびしくてやわらかな空気のほうに、直感としては、行ってはいけないと感じている。そこは行くべきところじゃないし、ふみとどまって、たとえ吸いこまれそうになっても、ちゃんと戻って来なきゃいけないと思う。でもときどきわからなくなる。ふいに惹きこまれてしまって、ときどきあの空気のなかに入っていきたくなる。

過去の侵襲に身をまかせて現在に膜を張ることで、そうしてここにあるものを遠ざけることで心を守ろうとしていた時期が長かったがゆえの、後遺症みたいなものなんだとは思う。でも避けようもなくそれは起きる。そして起きたとき、ときどき飲みこまれる。でもちゃんと戻ってくる。そしてつぎはその隘路の空気に目をとじる。それを忘れて、いまここにある道を歩く。
でもどうしてもその道を歩けなくなるとき、隘路はある、どこかにきっとある、と体感として知っている。それだけでもちがう気がする。

そしていつか、やっぱりそっちに行くべきだと直感が言ったら、ぜんぶ忘れてあの海辺のほうへ行ってしまうんじゃないかな、とか、どこか思っている部分もある。
いまはふみとどまっている。そしてぼんやりと、たまにあく隘路を眺めている。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?