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ブランクスペース(感想)_フィクションを必要とする人たちのこと

「ブランクスペース」はふらっとヒーローズで2020~2022年に連載されていた漫画で、作者は熊倉献。
理知的なスイと大雑把なショーコという正反対的な性格の二人の女子高生を中心にした物語は、フィクションを必要とする人の感情が深堀りされていて興味深い。
以下はネタバレを含む感想などを。

輪郭によって出来た穴を”ある”とする感覚

舞台は多摩東部に位置するという設定の空代市(そらしろし)とあって、東京都内だけれども豊かな自然も残る住宅街といった風景が想像される。
都立高校へ通う狛江ショーコは、雨の降る日に透明で見えないけれども傘を持っているクラスメイト片桐スイに偶然出会う、スイはショーコを警戒して能力を隠そうとしていたけれども二人は友人として親睦を深めるように。
透明(=空白)をつくり出せる人はスイ以外にもいて、やがて空白が街を混乱させることになるというSF。

スイは大人しい性格で運動能力は低いけれど勉強が出来る。スイの空白をつくりだす能力は頭の中で仕組みが分かっていて組み立て可能なものであれば組み立てられる。社交性は無く独りでいることが多くて小説を読むのも好きだが、図書館で調べものをしたり本を読んで過ごすのは次につくり出す透明の仕組みを調べる目的もある。

狛江ショーコは人見知りしない性格で足が速いから運動能力は高そう。だけれども自身の学力以上の高校へ入学したことで、周囲よりも勉強が出来ないことに劣等感を感じている。
また、彼氏を欲しいと強く望むも顔を理由に候補を決め、段階を踏まずにいきなり告白しているせいもあるだろうが、なかなか彼氏が出来ない。

スイにとってショーコは、自分のことを気味悪がったり能力を言い振らしたりせずに、むしろ周囲に能力がバレないように協力してくれる希少な存在だった。
ショーコはドーナツの穴を「空白なのにある」と言うような、少し独特の言語感覚を持っているけど、そんな言い回しをスイは「可愛い」と肯定してくれるし、勉強も教えてくれる。
互いを必要としている二人は一緒に過ごす時間が多くなっていく。

しかし進級してそれぞれが別のクラスになるとスイがクラスメイトからいじめられるようになり、誰にも相談出来ずに孤立したスイは、やがて空白の刃物や銃などの凶器や凶暴な犬をつくるようになる。

空白が逃げ場となる

本作における”空白”とはつまり不安、怒り、願望、希望など、実体の無いはずの空想の産物で、それらが現実世界へ物理的に干渉できるところがユニーク。
様々な人につくりだされる空白は体力や時間、可能性に余裕のある学生時代に感じる万能感にも似ている面があるけど、空白には若さゆえの悩みも含まれていて、それら空白がどんな意味を持っているのかということを考えさせられる。

そもそもなぜ人々は空白をつくりだすのか。
空代市にはスイ以外にも空白をつくり出す人がいるが、彼らに共通するのはそれぞれに家庭や学校などで現実世界でなんらかの問題を抱えていることだ。

辛いことがあったときに自分だけが想像する世界に浸ることで、現実世界の嫌なことをいっとき忘れられる逃げ場となる。
これは傷ついた心を自身で癒やしているとも言え、だから充実した人生を送っていると感じている人にはあまり空白が必要無く、自分を不幸だと考えていたり悲しいことのあった人ほど空白を必要としている。
だけれどもそうやって自身で受け止められる許容量にも限界があるから、しきい値を超えてしまえば、原因となる周囲の人を傷つけるか、自死するしか選択肢が無い。

だからいじめに遭って精神的に追い詰められたスイは「空から落下する巨大な斧」をつくり出そうとするのだが、ショーコにアイデアを書き留めたノートを見られてしまい、代わりに降ってきたら楽しいものとして彼氏を提案され、その透明な彼氏をテツヤと名付けた。
しかし、同時にスイがつくれなかったと思っていた「飢えた犬」も出来上がっており、街を徘徊して動物を襲ったりモノを壊したりするようになる。

飢えた犬は「何が青春だクソが」と憤っていたスイの怒りを具現化させた存在だから、強い憎しみの感情を持っていた。

空白がフィクションの比喩でもある

本作のラスボスはこの飢えた犬だったわけだけが、それを救ってくれた空白の中心にショーコのつくり出した「星ロボ」にはなんともいえない脱力感と愛嬌がある。

星ロボと名付けられた巨大なロボットは、鉄塔や工事現場の足場を組み合わせた歪な見た目で、操縦席には「フカフカ肉球」「超はやい」などの説明的なボタンが設置され、単純かついい加減なつくりはいかにも大雑把な性格のショーコらしいつくりだった。

理知的で真面目な性格のスイの深い孤独を解決するのが、顔で彼氏を選択する雑なショーコの思考を具現化したような星ロボだったというのが、互いの性格で持っていないものを補いあう二人の相性の良さであったり、スイを助けようとしたショーコなりの友情の形を感じさせて熱い。

最終話でスイは「もうあの能力は使えないけど物語の中でなら作れる」と言っており、今後はなんらの小説をつくりだすことが仄めかされている。

空白が自身の癒やしになっていることは先述したけれど、小説などのフィクション全般にも、現実世界での逃げ場や救いとなっている面があると考えられるし、現にスイは多くの小説からヒントを得ていた。
だからスイの言葉に辛い経験を乗り越えたからこそ、今後は自分が誰かの癒やしになるフィクションを生み出したいという決意表明と受け取れる。

これから先スイやショーコはどうやって空白を埋めるのか、それとも埋めずに空白のままにするのか、いずれにせよ空白はいくつもの未来を選択する前段階の可能性の比喩でもある。
そういった可能性に対して、暗くネガティブな心の内側にもスポットを当てたというのが興味深くて、しかも読後感が良くなるように収められているのが印象深い漫画だと思った。


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