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ヴァロットン―黒と白展(感想)_バランスの良い画面に込められた物語

三菱一号館美術館にて2022年10月29日から開催されていた『ヴァロットン―黒と白展』へ行ってきたので、いくつか心に残った作品についての感想などを。
ヴァロットンは19世紀後半にパリで活躍した画家で、本展では版画作品がメインに展示されており最後の方では同時代に活躍したロートレック作品も展示されていた。
作品自体は幅30cmにも満たないほど小さいものが多いのだが、白と黒のみで構成された画面には普遍的な物語性があって興味深い。

嘘 アンティミテI

男女の親密な関係をテーマにした10点の版画集<アンティミテ>のひとつ。
若い男女がソファーで身体を寄せ合っていて、さてこれからというタイミングの一枚。
男の笑みには含みがありタイトルに<嘘>とあるので、悪い男に騙されている女と思われる。女の表情は見えないが男の座っていたところへ女の方から身を寄せてきたように見えるので、男を信じ切っているのかもしれない。
いやしかし、見方によっては女が男を騙していて、男の微笑みは女を信じているから安心してという可能性もある。

いずれにせよテーブルクロスの白と、黒く塗りつぶされた男女のコントラストが対照的でとても不穏な雰囲気の一枚。見てはいけないものを覗き見しているような気分になる。直前まで飲まれていたであろう2つのマグカップには、取り敢えずお茶でもと誘った密会を思わせるリアリティがある。


お金 アンティミテV

これも<アンティミテ>のひとつ。画面の右半分以上の面積を黒が占めいてそこへ男も同化している大胆な構図。画面内の少ない白に女性の身体があるため自然と視線がそこへ向く。
男が女に何らかの話しを持ち掛けていて、女は目線を合わせようとせずにスラッとした姿勢から強気な性格が想像されるが、表情はどこか寂しそうでもあって、二人の気持ちに距離感があのは確かだろう。
問題を解決するための金が足りないのか、それとも金で解決しようとする男に納得できないのか。


突風

風の勢いを伝える表現が優れていて、風を雲のような形にして犬のシルエットを白い線で透けたように見せているから砂埃が巻き上がっているように見える。
さらに、ご婦人方が体重を少し右に寄せて、女の子が足を踏ん張りながら服にしがみつくから、風の向きや強さまで伝わってくる。
よく分からないのは左上奥にいるタレ目の人の頭に乗っかっているはリボンのようなアクセサリーで、狐の耳のようにも見えるのだがコスプレしているわけでもないだろうに。



入浴

湯船から立ち上がろうとしている女と、タオルを持って待ち受けているのは使用人と思われる女の一枚。
壁と湯船の黒と、女の身体の白の対比が際立っており、透けるような肌が想像される。
右斜後ろからのアングルによる女の身体の曲線がため息の出るほど美しく、ずっと見れていられる作品。
市松模様のタイルと植物モチーフで装飾された壁から上品な部屋の様子もわかるが、女は高級娼婦だろうか。



狼狽

男の手が女の身体をまさぐっていると思われるのだが、大きく口を開けて慌てた男の横顔のせいで卑猥さよりも滑稽な印象を受ける。
女の表情は見えないがどこか落ち着いて見えるのは”この事態を予期していたから”かもしれない。
雲の色が右から左へ黒くなって太陽を隠しているのは、これから起きる不幸を暗示しているのかのよう。


女の子たち

10代中頃と思われる少女たちが街を歩いているのは連れ立って遊びにいくところなのか表情は明るく、少女たちの服がお洒落。
服装の柄が様々なので画面全体が賑やかな印象だが、絵の中心でこちらを見つめるにいる少女の目が怖く、なぜこの子だけ目を丸にしたのだろう。
悪意なく他人を傷つけてしまう子どもならではの無邪気さを表現しているのかもと考えたがよく分からない。
奥で3人の紳士が話し合っているのは、街の日常を演出していて身振りが大げさなのは揉めているからかも。


暗殺

画面内のほぼ全てのモチーフは輪郭の線のみで、画面のほとんどを白が占めている中、暗殺者の服装が黒く塗られることで視線がそこへ向くように仕向けられている。
黒い服は夜の闇に紛れてひっそりとやってきて、目立たないように去るためだろう。カーテンも黒いのだが、これから殺される男の幕引きを暗示しているのかも。
襲う側の靴の様子と、襲われている方の腕が逞しそうなので、二人共に男と思われ、ドアを少し開けて寝込みを襲ったところへ気付かれて抵抗されていると思われる。そして床に敷かれたマットの乱れ方から壮絶な取っ組み合いの様子が伝わってくる。
しかし殺そうとする相手にバレている時点で、暗殺者が殺しに慣れた感じはしない。
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作品全体を通してみると、どの作品も構図はグラフィック・デザインのように研ぎ澄まされていてバランスが良い。そして黒と白のシンプルな画面の中には多くの情報が含まれており、作品タイトルも想像を掻き立てるワードが選択されているから物語性もある。

テーマは当時の社会を風刺するような作品や、<アンティミテ>のように男女の裏側に潜む内面を切り出したような暗い作品が印象深い。
それでも暗くなり過ぎないのは版画ならではの素朴な輪郭や、人の手による揺れがあるからだと思われるけど、バランスのよい画面構成のおかげで洗練された雰囲気を失っていないのが素敵だと思う。


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