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シブヤで目覚めて(感想)_日本文化をユーモアたっぷりに捉える

『シブヤで目覚めて』は河出書房新社社から2021年4月に日本語訳が刊行されたチェコの作家アンナ・ツィマの小説で訳者は阿部賢一と須藤輝彦。
訳が良いからか読みやすいのと、コメディ要素の多い文章のため気楽な気持ちで流し読みしやすい。
以下、ネタバレを含む感想などを。

マニアックな趣味のヤナ

主人公のヤナ・クプコヴァーは、プラハにあるカレル大学日本研究学科で日本文学を研究する24歳の女性。子供の頃から日本文化に興味があり、村上春樹の「アフターダーク」に心酔している。好きな映画は黒澤明監督の『酔いどれ天使』で、三船敏郎が半裸になるシーンを何度も見返すほど。
『酔いどれ天使』は、戦後闇市の混沌とした情景を描いた1948年公開の映画で、ヤクザ役の三船敏郎のカッコよさが際立つ作品だが、世界的にそれほどメジャーな印象は無いと思われ、さらに財布の中には馬に跨った三島由紀夫の写真が入っていたりと、ヤナという女性がプラハ在住でありながら、いかにマニアックな嗜好を持っているかが分かる。

話しの構造は少し入り組んでいて、「プラハにいる24歳のヤナ」「渋谷にいる17歳のヤナ」のエピソードが交互に進行する。さらに、24歳のヤナが翻訳している川下清丸(著者による架空の作家)の著作『恋人』という短編も挿し込まれる。
つまり、3つの時間軸の物語が同時に進行していき、読者は物語が集約していく様子を俯瞰して読み進めることになる。

同時進行する3つの時間軸

カレル大学に通うヤナは図書室のアルバイトをしているときに偶然、大正時代に活動していた作家「川下清丸」の小説に惚れ込み、博士論文を書きたいと考えているが、川下清丸の著作が少なく、作家自身の情報も少ないため協力者を必要としていた。
そこで大正時代の作家について詳しいとされるヴィクトル・クリーマを紹介される。かなりの変人で取っつきづらかったがなんとか協力してもらうことに。
ほつれたジャケットを着るようなヴィクトルのルックスはイケてないし、顔もヤナの好みのタイプではなかったが、ヴィクトルの知性や翻訳と調査を協力してもらううちに惹かれていく。
しかしヴィクトルの日本留学を機に二人の関係は終わり、ヤナは親友マチコの兄で窓の写真を撮影しているアキラと仲良くなるのだが、ヴィクトルとのことを断ち切れずにアキラとの関係を踏み込めない。

渋谷にいるヤナは、食べることと睡眠を必要としない身体で、渋谷の外へ移動しようとするとハチ公像の前に戻ってしまう。さらにほとんどの人はヤナを認識しないためコミュニケーションを取ることすらできない。
渋谷で偶然見かけた仲代達矢似の高校生、アキラが地下に閉じ込められたのを助けたりもするが7年間を日本語の勉強をするなどして渋谷に閉じ込められて過ごすことになる。

架空の作家、川下清丸は川越に1902年の生まれ。父保剛は27歳年下の姪、清子と関係を持ってしまったために世間体が悪くなったからロンドンへ渡航するも亡くなってしまう。
そうと知らずに聡も清子と関係を持つのだが、清子は川で溺れかけた聡を助けようとして亡くなってしまう。その後聡は別の女性と結婚するも、清子への想いを忘れられずに川で自殺してしまう。

『シブヤで目覚めて』は、上記3つの時間軸と場所の物語が入れ替わりで進行することになる。これらの物語は当初まったく関連性が無いように思わるのだが、現代に存命だった川下清丸の未亡人に会いに行って、川下清丸未発表の作品を手に入れることで集約されて行き、面識の無かったヴィクトル・クリーマ、渋谷にいるヤナ、アキラが協力し合う展開には痛快さがある。

混沌とした日本のイメージ

著者の日本愛を感じさせる作中に引用される作品では、先述した黒澤作品や村上春樹以外にも、梶井基次郎『檸檬』、高橋留美子『犬夜叉』、開高健『片隅の迷路』など、ジャンルに一貫性はなく混沌としている。
日本文化に興味のある海外の人たちから見える日本のイメージが混沌としていることが想像されて興味深いのと著者の守備範囲の広さに驚く。
むしろ、先入観なくフラットに数多のコンテンツに触れられるからこそ、日本人よりも純粋に楽しめているのかもしれない。

また、大正時代の作家として登場する、川下清丸の『恋人』も著者による創作となるが、主人公となる川下清丸の恋する上田清子は、主人公の父親とも関係を持っていた魔性の女だ。そうして大正~昭和の日本文学にはそういう女性がよく登場する印象があって、本当に川下清丸という作家が存在していたのではと思うほど。

文章は日本のライトノベルを想起させるところがあって、渋谷にいる17歳のヤナは交番の警察官とミエコというアキラの元カノ、さらにヴィクトルにだけには存在を認識されるというSF設定や、ヤナ自身による皮肉たっぷりのモノローグ、さらには周囲にいる個性的な友人たちの描写がまさにそう。


『酔いどれ天使』を未視聴だったので、せっかくだからと観たのだが「ジャングル・ブギー」を歌う笠置シヅ子の存在感が凄い。細身の身体をくねらせた躍動感のある動きと高い歌唱力、そしていたずらっ子のような特徴的なタレ目。
三船敏郎演じるヤクザが破滅に向かって一直線の暗いトーンの映画を、一気に明るくするユーモラスなシーンでとても印象的だった。


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