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ルポ 特殊詐欺(感想)_罪の意識を下げて巻き込む洗練された手口

『ルポ 特殊詐欺』の著者は田崎 基で2022年の出版。
被害を出し続けている特殊詐欺の具体的な手口や件数など、近年の状況などが書かれており、逮捕された実行犯が特殊詐欺に手を染めるまでの過程が書かれているところなどは小説を読んでいるような臨場感があって興味深い。
自分なりに整理して咀嚼するために以下、備忘メモと感想などを。

近年も被害額の大きい特殊詐欺

警察庁が特殊詐欺の手口と被害を正式に観測したのは2004年頃で、当初は「オレオレ詐欺」で広く知られた詐欺は、広く世間に認知されることによっていったん収束に向かったが、より手の込んだ手口に進化したことで多くの被害が出続けているとのこと。

警察庁のHP「特殊詐欺認知・検挙状況等について」に具体的な情報が掲載されていたので確認してみたところ、平成26年の565.5億円からは減少傾向にあるのものの、令和2~3年は認知されているだけで年に280億円くらいの被害が出ている。

平成26年:565.5億円
令和2年:285.2億円
令和3年:281.9億円

令和2年の認知件数では東京が2,896件となり、次いで神奈川、千葉、大阪、兵庫、埼玉、愛知と、これら7都道府県で全体の89.2%を占めており、手口としてはオレオレ詐欺、預貯金詐欺、キャッシュカード詐欺盗、架空料金請求詐欺、還付金詐欺などがある。

認知件数の男女比では、男性2,664件、女性8,923と圧倒的に女性の方が多い。夫婦同居の数や、独り身なのか否かの情報が掲載されていないので詳細は不明だが、なんとなく力が無くて押しに弱い独り暮らしの女性が特に狙われ易いのかも。
いずれにしても役割ごとにタスクを分担されて詐欺に特化したチームが、判断力の鈍い高齢者の不安を煽って金を騙し取りに来るのだから、自分は騙されないと思っていても咄嗟に詐欺だと見抜くのはかなり困難だと思われる。

キャッシュカードを盗む手口の巧妙さ

本書にも度々登場する、暗証番号とセットでキャッシュカードを盗む詐欺は、発覚が遅れたり本人の自覚の無いままに犯罪に巻き込まれたりする可能性があってかなり洗練されている。その手口について順を追って整理してみる。
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①指示役の用意した名簿を利用して「かけ子」が複数の高齢者へ電話
電話している位置を警察から探知されないよう、ミニバンで高速道路を走らせて移動しながら車内で電話をすることもある。
また2022年1月末時点、連日ニュースで流れる情報ではフィリピンから電話をかけていたという事例もある。

②刺さりそうな高齢者がいたら「受け子」が高齢者宅を訪問
「悪用されている」と不安を煽ってキャッシュカードと暗証番号を封筒に入れて受け取り、高齢者には偽のカードが入った封筒にすり替えて渡しておく。

③「出し子」がATMで引き落とす
キャッシュカードは一日に引き落とせる限度額が決まっているが、被害者は警察が来るまで封筒を開封しないように指示されているため発覚が遅れ、数日間に渡って引き出されることも。
また、出し子は自動的にシャッターが降りて逃げ出せなくなるリスクを避けるために、深夜のコンビニや量販店のATMで金を引き出す。

④コインロッカーを介して、または公衆トイレの個室で金を引き渡す
コインロッカーの場合は、暗所番号と二次元コードさえあれば誰でも開けられるものを利用すれば連絡をテレグラムで済ませられる。トイレの個室はドアを閉めて隙間から渡す。いずれにせよ「出し子」が金の受取人の顔を見ることはない。
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これら一連の流れがそれぞれのタスクに応じて、誰でも理解しやすいように絵や図の多様されてマニュアル化されており、証拠として残らないようテレグラムで共有されるとのこと。
タスクが複数人に割り振られるせいで指示役の取り分は減るのだが、防犯カメラや被害者に顔を見られるのは「受け子」と「出し子」のみとなるため指示役が逮捕されにくくなっている。
「受け子」「出し子」の応募はtwitterのDMで行うが、その先はテレグラムでコミュニケーションを取れば証拠は残らないので、万一警察に通報されても指示役までたどり着くことはない。
だからある意味「受け子」や「出し子」は使い捨てにされやすく、指示役にいいように利用されているとも言える。

タスクを分けて罪の意識を低くする

また、タスクを分担することで受け子や出し子の心理は「騙したのは俺じゃない」「運んだだけ」など、それぞれの罪の意識を軽くさせる効果まである。
しかし詐欺行為の一旦を担っただけでも共同正犯となり、被害総額すべてに起訴事実として問われるとのこと。

余談だがtwitter上で「#現金希望」などの投稿に応募して口座や連絡先を教えたことで、その口座が受け子の口座として利用されて知らずに犯罪へ加担していることもあるらしい。
いずれにせよ、コロナ禍によって収入の減少した若者たちは増加していることもあって応募する者はいくらでもいるだろう。

以上のように、詐欺集団はマニュアルを作成し、さらにITを活用して金を搾取しているわけだが、これら一連のノウハウはそこいらの一般的な中小企業よりもよっぽど洗練されているというのが素直な感想。

『老人喰い』でも触れられていた世代の違いについて

本書でも後半に少しだけ触れられているが、多くの老人が被害に合う状況は鈴木 大介『老人喰い』(2015年出版)でも言及されていた。

総務省統計局2021年で公開されている、「世帯属性別にみた貯蓄・負債の状況」では、60歳以上の純貯蓄額は2,300万円以上もあるが、50歳未満ではマイナスに転じており640万円の負債がある。

定年退職したら収入が無くなるから老後の蓄えが必要で、50歳未満では家のローンがあるから負債が多いというのは想像出来る。
しかし今の時代は昔と違って頑張って働いても給料は上がらず、一旦失業したら這い上がることは困難。少子化が加速する日本では今の若い世代の未来は明るくない。
このままでは資産を保持する親を持つ子は遺産として引き継げるが、そうではない人との格差は拡大する一方だ。

『老人喰い』で特に衝撃的だと感じたのは、世代間の格差を煽ることで若者たちの罪の意識を薄めて詐欺に勧誘する手法だったが、twitterのタイムラインにもそういった格差を煽る投稿は散見されることから、同じことを感じている若者はそれなりにいると思われる。
極限まで追い詰められた状況で、スマホと身体ひとつあれば稼げる詐欺に勧誘されたらどれほどの人間が誘惑に抗うことが出来るだろうか。

本書では手元に現金が無くなって特殊詐欺へ手を染める若者の事例がいくつか掲載されていたが、特殊詐欺は未然に防ぐことが困難な犯罪で、格差や将来の不安というのはもはや”自己責任”で片付けられる問題では無い。
社会の仕組みとして詐欺に手を染めてしまいそうな若者を救っていくことを考えていかなければならないと思う。


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