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新しく物事をマスターするときに邪魔になるものは..〈日めくり橋本治〉

「人間が新しく物事をマスターするために必要なことは、『その新しいことを自分はまったく知らないでいるのだ』ということを自覚することである。それであればこそ『学ぼう』という気にもなるし、『呑み込みがいい』ということも起こる。いたって当たり前のことだが、しかし“自我”というものを持ってしまった人間は、その“自我”ゆえにミエッ張りの生き物となるのである。“自我”とは、『自分は他人とは違う』と思うことから生まれるもので、だからこそミエッ張りの種なのである。
『この件に関して自分はなにも知らない』ということを認めることは、『この件に関して自分は無能である』ということを認めることで、だから従って、『この件に関して自分にはいいところがなにもなくて、ミエの張りようがなにもない』ということを認めさせられることである。つまりそれは、“自我”にとっての敗北宣言で、“自我”というものを頼りにして生きる人間にとって、こんないやなことはない。だから、そういうことを認めたくない人間という生き物は、『基本から始めましょう』と言うやさしいインストラクターの声を無視して、勝手に自己流のやり方を演じ出して、とんでもなくヘンなくせのあるやり方を実現してしまうのである。
『基本から始めましょう』の声に素直にうなずいたとしても、『まさか自分がなにも出来ないはずはない、自分がなにも知らないはずはない』と思い込んで、『よし、仕方がない。ここは一つへりくだって、“基本”などというものから始めてやるか』などというとんでもなく傲慢な入り方をしてしまうのである。世間の人間が、『エラソーな顔をしているくせに無能の極み』だったり、『無能なくせに反省心もなくただエラソー』だったりすることの理由とは、以上のようなものだったのである。」
──橋本治『人工島戦記』

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