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暗さは、豊かさの中に忍び寄る

「1930年代は日本の大衆文化の黄金時代だった。映画も寄席も音楽も劇場も文学も、かつてないほどの成熟と隆盛を見せていた。しかも大衆が手に入れたものは、娯楽だけではない。『円本』と呼ばれる大衆向けの全集の時代は既に1920年代に築かれ、安価な文庫本も登場していた。本という知性は十分に大衆化されていて、1938年には岩波新書さえも創刊されている。第二次世界大戦勃発前に、日本の文化レベルはある達成を見ていて、戦後という廃墟の時代は、そのレベルを回復するための苦難の時代でもあった。日本ばかりでなく、そのことは、戦争を始めてしまった国々全体に共通することでもあった。
不思議だが、人間というものは、豊かさの中で破滅への準備をするものらしい。豊かさの中で、人はそれを失うまいとして、足をすべらせて破綻へと至る。第二次世界大戦前の世界を『暗い時代』と言う人は多い。しかし、その暗さは、豊かさの中に忍び寄るものなのである。
第二次世界大戦前は『豊かな時代』だった。だからこそ戦争は起こったのだ。」

橋本治『二十世紀』上


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