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「俺って、なんていい男なんだろう!」

「名優・三代目尾上菊五郎の言った言葉─。
楽屋で鏡に向かってこれから化粧を始めようと思った彼は、その鏡に映る己れの姿をまじまじと見て言った。
俺って、なんていい男なんだろう!

なんていい言葉なんだろう。これは、私の最も好きな名言の一つである。

“いい男”というのは、普通、男にとって最終的な達成目標である。こういうものは、あんまり当然の“前提”にはならない。こういうものを自分から進んで当然の前提にしてしまった男は、普通“ロクでもないバカ”と言われる。がしかし、美を演じることのプロフェッショナルである歌舞伎役者の三代目尾上菊五郎は、そのプロの目で、まじまじと見たのだ。つくづくと点検して、そのプロは、『なんていい男なんだろう』という判定を、その対象である自分自身に下したのだ。
プロの判定だから、この対象となるものは、“俺”でなくとも構わない。こういうことを、客観的と言うのだ。
『その“いい男”は、たまたま俺と同一人物ではあるが、その“俺”がこの俺と同一人物でなくとも別に構わない』ということである。重要なことは、“いい男”であることで、それが誰なのかは二の次である、ということ。」

橋本治『秋夜』


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