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橋本治がバカみたいな借金をして家を買った理由

「私は、『家を買おうなんて考えない方がいいぞ』と言う人間なんだが、それは、『自分は一生借住まいをするつもりで、自分の家を手に入れるためにアクセクしてるやつはバカみたいだと思っている人間』だからじゃない。私は現に“自分の家”を2軒も持っている人間で、その“自分の家”を持たされてしまったことのアホらしさを重々承知して、こう言っている人間なのだ。もっとはっきり言ってしまえば、『そうすれば天下晴れて、“こんなにバカげてる!”と言えるな』と思って、それで“自分の家”を2軒も持ってしまった愚かな人間が私なのだ。
だから私は、天下晴れて、大声で言う。『バカらしいからやめときな!』と。

私の一軒目の家は、事務所だ。バブルの最高値の時に買った。買った理由は、『銀行はまだまだ値上がりすると言っているが、そんなバカげたことがあるはずはない』ということを“証明するため”だ。そういうバカげた買い物をする人間が、少なくとも、この世の中には一人はいる。買って一年たって、案の定その値段が“半分”になった時、『ほーら見ろ、言った通りじゃねーか』と言っていたのは、この私だ(後でちゃんと泣いたが)。

私の2軒目の家は、“親の家”だ。親の家がボロになって、なまじっか土地だけはあって、親に年取って建て直す金がなかったから、しょうがなくてそんなことになった。借金を払うのは私で、だからこそそれも“私の家”で、でも実のところ、オレの家じゃない。なにしろそこには人間が8人も住んでいる。そういう、“自分の家”としてはほとんど使うスペースのない家を見て、『なんでオレはバカみたいな借金を払って、ちゃんとした“自分のすみか”がないんだ』と泣いている。東京に2軒も家を持っているこの私は、だから従って、自分自身のプライバシーを満足させるような“自分のすみか”を持っていない。そんなものを建てる余裕もないどころか、借りる余裕さえない。『こんなメチャクチャな話ってあるか!』と、さすがに人のいい私も怒り狂って泣いているんだが、もちろんそんなことをする私には、“2軒目の家を建てる目的”もあった。それは、天下晴れて、『親子って本当にやっかいな関係だよな!』と言うためだ。『親孝行とは、黙って親に泣かされていること』なのだ。(ちょっと小さい声で言ったのは、これ以上言うと親が泣くからだ─ああ、厄介だ)」
─橋本治『貧乏は正しい!ぼくらの資本論』


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