見出し画像

【総合診療POEMs】第3回 経過が良好な市中肺炎の治療は3日で終わってもよいのかもしれない

その「あと○日」は本当に必要だったのか?

 肺炎は総合診療医にとって,最も多く診療する疾患の1つといっても過言ではないだろう.ある研究によると,日本において15歳以上で肺炎に罹患する人は年間188万人と推定され 1) ,common diseaseといえる.また,高齢者人口の増加に伴って日本全体の肺炎の受療率は増加傾向である(図1) 2, 3) .
 今後も肺炎を診療する機会はますます増えていくと思われるが,肺炎をはじめとした感染症の治療で悩むのが抗菌薬の投与期間だ.耐性菌やコスト,副作用などの問題があり,以前は「十分に長く」が基本的な考えだったが,現在は「なるべく短く」の流れになってきている 4) .肺炎に関しても伝統的には7〜14日だったが,ここ15年程度の間に発表された報告から,5〜7日間の治療が8日間以上の治療と同等の治療成績であることがわかっており 5) ,最近は5〜7日間で治療する医師が多くなってきていると思われる.
 「5日間」というと昔に比べるとはるかに短くなっているのだろうが,副作用などの問題により5日間の治療すら完遂できない患者がいるのも事実だ.筆者自身,肺炎に対する抗菌薬治療を開始した後に軽度の消化器症状が出現した患者に,メリットとデメリットを天秤にかけたうえで「あと○日だけ頑張って続けてみましょう」と説得したこともある.そんななかで発表された,「肺炎治療がたった3日で終えられるかもしれない」という夢のような論文を,今回POEMsとして紹介する.

タイトル

今回取り上げる論文は これ!

Dinh A,Ropers J,Duran C,et al:Discontinuing β-lactam treatment after 3 days for patients with community-acquired pneumonia in non-critical care wards(PTC):a double-blind,randomized,placebo controlled,non-inferiority trial.Lancet,397(10280):1195-1203,2021.(PMID:33773631

 この論文が出てきた背景

 成人の市中肺炎に対するアメリカのガイドライン 6〜8) では5日以上の抗菌薬治療で臨床的に安定していればその時点で中止することが推奨されているが,一方で欧州のガイドライン 9) では8日間の治療が推奨されているように,抗菌薬の最適な投与期間は十分に確立されていない.
 2006年に行われた軽症の市中肺炎を対象とした1つのRCT 10) で5日未満の抗菌薬治療で十分であることが示唆された.しかし,そのRCTは対象患者数が両群で119人と比較的小規模であり,重症度が低く,年齢も若かった(年齢中央値は3日投与群で54歳,8日投与群で60歳)ため,実臨床でこの結果を適用するためには不十分であると考えられた.そのほかに同趣旨の研究は存在しておらず,市中肺炎で入院した患者に5日未満の治療期間を推奨するのにはその研究だけでは十分ではなかった.抗菌薬の投与期間を短縮することは,抗菌薬の消費量を減らし,その結果,耐性菌の出現,有害事象,関連コストを減らすのに役立つと考えられる.今回は市中肺炎で入院し,3日間のβラクタム系抗菌薬投与で臨床的に安定した患者を対象に,継続治療の必要性を評価することが目的とされた.

この論文の概要

 フランス国内の16施設において,二重盲検,無作為化,プラセボ対照,非劣性試験(pneumonia short treatment:PTC)を実施した.中等症(軽症:入院を必要としないもの,中等症:一般病棟への入院を必要とするもの,重症:集中治療室への入院を必要とするもの,と定義された)市中肺炎で入院した18歳以上の成人患者で,β-ラクタム薬による治療を3日間行った後,事前に定めた臨床的安定性基準を満たした患者を,β-ラクタム薬(アモキシシリン1 gとクラブラン酸125 mgを1日3回経口投与)を5日間追加投与,またはプラセボを5日間追加投与に1:1で無作為に割りつけた.この際,肺炎重症度指数PSI(年齢,既往歴,身体所見の異常,検査所見の異常を20項目にわたって評価し,合計点で重症度を判定する指標)の合計スコアよっても層別化した.肺炎の定義は,肺炎が疑われる症状(呼吸困難,咳嗽,膿性痰など)が1つ以上あり,入院前48時間の体温が38℃以上で,胸部単純X線写真または胸部CTで新規の浸潤影を認めた場合と定めた.重症または複雑な肺炎(膿瘍,大量胸水,重篤な慢性呼吸器感染症)の患者,免疫抑制状態にある患者,医療関連肺炎または誤嚥性肺炎が疑われる患者,抗菌薬の併用が必要なその他の感染症,レジオネラ症が疑われる患者,ウイルス感染症の患者は除外された.
 主要評価項目は,抗菌薬の初回投与から15日後の治癒で,発熱がないこと(体温37.8℃以下),呼吸器症状の消失または改善,原因を問わず抗菌薬の追加投与がないことであった.
 その結果,治療企図(intention to treatment:ITT)解析では,15日目に治癒したのは,プラセボ群では152人中117人(77%),β-ラクタム群では151人中102人(68%)であり(差は9.42%[95%CI:−0.38〜20.04]),非劣性を示した(非劣性マージン−10%).per-protocol解析では,15日目にプラセボ群145人中113人(78%),β-ラクタム投与群146人のうち100人(68%)が治癒しており(差は9.44%[95%CI:−0.15〜20.34]),
こちらも非劣性が示された.有害事象の発生率は治療群間で同等であった(プラセボ群152人中22人[14%],β-ラクタム群151人中29人[19%],p=0.29).最も多かった有害事象は消化器系の障害で,プラセボ群では152人中17人(11%),β-ラクタム群では151人中28人(19%)に報告された.

この文献の ポイント

この研究のよいところ
・今回の研究は,既存の研究 10) に比べて規模が大きく,年齢も中央値で73歳と高かった.さらに,今回の結果は高齢者などのいくつかのサブグループでも一貫しており,われわれが日常的に診療している高齢者の市中肺炎にも適用できそうである.
・二重盲検無作為化デザインと独立して盲検判定委員会による評価を行っており,「肺炎の治癒」という主観的な評価を,感染症の専門家である2人の独立した審査委員があらかじめ定義された臨床結果に従って評価している.
この研究の弱点
・「臨床的に安定している市中肺炎」が基準のため,経過が悪い患者,重症市中肺炎患者,誤嚥性肺炎の患者,腎機能障害がある患者などには当てはめることができない.
・肺炎の原因がウイルスであった可能性が否定できない.
・βラクタム系のみでの評価となっているため,非定型肺炎などβラクタム系以外の抗菌薬で治療する場合の議論がされていない.
・入院期間には有意差がついていない(プラセボ群で5日[95%CI:4.00〜9.00],β-ラクタム群で6日[95%CI:4.00〜9.00]).

この文献が 日常診療をどう変えるか?

 この論文では,臨床的に安定していれば市中肺炎に対する抗菌薬治療を3日で終了してもよい可能性が示唆された.われわれがよく診療にあたる誤嚥性肺炎が除外されていることに注意は必要だが,inclusion criteriaを満たすような症例であれば,冒頭に述べたように抗菌薬を継続するか中止するか悩ましいときも,3日間で「抗菌薬治療完遂」とできるかもしれない.
 また,昨今は至る所で「医療費削減」,「医療資源確保」,「耐性菌問題」が叫ばれている.論文中にもある通り,3日間での「抗菌薬治療完遂」は,コスト削減につながったり耐性菌の出現を減らしたりと,医療現場全体に対するマクロな視点でのメリットも得られるだろう.
 副作用で悩む患者一人ひとりに対するアクションというだけでなく,医療現場全体が抱える問題に対してわれわれができる具体的なアクションとしても,今回の論文の結論は1つの選択肢となるかもしれない.

参考文献
1)Morimoto K,Suzuki M,Ishifuji T,et al:The burden and etiology of community-onset pneumonia in the aging Japanese population:a multicenter prospective study.PLoS One,10:e0122247,2015.
2)厚生労働省:平成29年(2017)患者調査の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/17/index.html
3)三木 誠,渡辺 彰:疫学 ─ 肺炎の疫学が示す真実は? ─ 死亡率からみえてくる呼吸器科医の現状と未来.日呼吸誌,2(6):663-671,2013.
4)青木 眞:レジデントのための感染症診療マニュアル 第4版.医学書院,東京,2020.
5)黒田浩一:亀田流市中肺炎診療レクチャー ─感染症医と呼吸器内科医の視点から─.中外医学社,東京,2019.
6)Metlay JP,Waterer GW,Long AC,et al:Diagnosis and treatment of adults with community-acquired pneumonia.an official clinical practice guideline of the American Thoracic Society and Infectious Diseases Society of America.Am J Respir Crit Care Med,200(7):e45-67,2019.
7)National Institute for Health and Care Excellence:Pneumonia(community-acquired):antimicrobial prescribing.2019.
https://www.nice.org.uk/guidance/ng138/resources/pneumonia-ommunityacquired-antimicrobial-prescribing-pdf-66141726069445
8)Musher DM,Thorner AR:Community-acquired pneumonia.N Engl J Med,371(17):1619-1628,2014.
9)Woodhead M,Blasi F,Ewig S,et al:Guidelines for the management of adult lower respiratory tract infections─summary.Clin Microbiol Infect,17 Suppl 6:1-24,2011.
10)el Moussaoui R,de Borgie CA,van den Broek P,et al:Effectiveness of discontinuing antibiotic treatment afterthree days versus eight days in mild to moderate-severe community acquired pneumonia:randomised,double blind study.BMJ,332(7554):1355,2006.

※本内容は「治療」2021年8月号に掲載されたものをnote用に編集したものです

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?