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名言で振り返るHow to Do Primary Care Research 【翻訳版 出版連動企画】第1回 

(執筆:金子 惇)

このnoteでは2022年6月に南山堂から発売予定の「プライマリ・ケア研究 何を学びどう実践するか」の内容や見どころを連載形式で少しずつ紹介していきます!
この書籍はWONCA(世界家庭医機構)推薦のプライマリ・ケア研究の教科書であるHow to Do Primary Care Researchを翻訳したものです。この連載では各章から翻訳の時に印象に残った名言を紹介しつつ、内容について触れていきます。

まずは目次を見てみましょう。

SECTION1 はじめに
SECTION2 プライマリ・ケア研究における革新的アプローチ
SECTION3 プライマリ・ケア研究を始めるために
SECTION4 プライマリ・ケア研究のための方法と技術
SECTION5 研究を発信するために
SECTION6 研究のキャパシティを広げるために

本書は6つのセクションに分かれていて、5回のnoteでセクション1-2、セクション3-4、セクション5、セクション6、発売直前情報と順番に紹介していきます。

初回の今回は本書が出版された経緯を簡単に紹介、その後にセクション1と2の内容について触れていきます。


「はじめに」の前に

今回の翻訳者である金子がこの本の原著”How to Do Primary Care Research”を初めて知ったのは、プライマリ・ケア関連の研究に特化した学会であるNAPCRG(北米プライマリ・ケア研究グループ)の学術大会に始めて参加した2016年のことでした。

その際に世界のプライマリ・ケア研究のリーダーの一人であるFelicity Goodyear-Smith先生に始めてお会いし、「あなたのInternational Perspectives on Primary Care Researchがすごい好きなんです」とたどたどしい英語でお伝えしたところ、「もっといい本が出たのよ」と教えてくれたのがこの本でした。
この本の一番の売りはプライマリ・ケア研究という言葉の示すもの・その範囲が分かることだと自分は思っています。

本書は世界家庭医機構(WONCA)の教科書の一つであり、これからプライマリ・ケア領域の研究を始めたいと考える読者に、具体的な全体像と一つずつのステップを平易な言葉でわかりやすく提供する内容となっています。

どのように研究テーマを決定するか? どのような方法論が存在するか? など他の研究関連の書籍でも繰り返し述べられている項目もありますが、全てプライマリ・ケアの視点から記載しているのが大きな特徴だと思っています。

また、量的研究に留まらず質的研究・混合研究法などプライマリ・ケア研究に必須の研究手法やビッグデータ、SNSなど近年話題のテーマもプライマリ・ケア領域でどのような臨床研究に繋げられるかという視点から触れられています。

さらに研究を行うだけでなく、どのように論文化するか? わかりやすいポスターをどう作成するか? 政策にどうつなげるかなど、アウトプットに関する章や研究の教育をどう行うかに関する章もあり、初学者から指導をされている方まで幅広く役に立つ内容となっています。

私自身、臨床で「家庭医療」、「プライマリ・ケア」を学び始めた時に、その膨大な領域に「どこまでが家庭医療のカバーする範囲なんだろう」と途方に暮れていた時期がありました。
その時に海外の家庭医療の教科書が翻訳されたものの目次や中身をガイドとしてその守備範囲をなんとなく把握し、自分のカバーできる範囲を少しずつ広げていきました。

研究に関する入門書や各方法論に関して詳細に書かれた本は多く出ていますが、「プライマリ・ケア研究」と言った時にそれが何を指しており、どこまでカバーしているかを一冊の本で表したものはこれまであまりなかったのではないかと思います。
この本は自分にとってのプライマリ・ケア研究のガイドですし、読者の皆様にとってもそうなって貰えたらと願っています。

SECTIONⅠ:はじめに

SECTIONⅠは
 CHAPTER1 プライマリ・ケア研究とは何か?
 CHAPTER2 存在論、認識論、方法論、方法、研究パラダイム
 CHAPTER3 トピックとリサーチクエスチョンの選び方
となっていて、研究を始まる前にそもそも「プライマリ・ケア研究」って何なのか? どのような存在論・認識論のものに研究が行われるのか? という重要なテーマからスタートしています。

量的研究を中心に扱っている臨床研究の書籍ではこの辺りが触れられることは少ないのですが、プライマリ・ケア研究では量的研究だけでなく質的研究・混合研究法も重要な方法論なので、この「前提」の部分から話を始めることがとても大事だと思っています。

CHAPTER1では
“What makes research primary care research ?”
「プライマリ・ケア研究ってなんなのか? ある研究をプライマリ・ケア研究というためには何があればいいか?」ということについてプライマリ・ケアとプライマリヘルスケアの違い、各国の医療システムの違いなどを踏まえて概説しています。

最終的には
“Ultimately, primary care research is research relevant to primary care practitioners and academics”
ということで
「プライマリ・ケア従事者やプライマリ・ケア研究者にとって切実で意義がある研究がプライマリ・ケア研究である」と述べられています。

CHAPTER2では、プライマリ・ケアで「研究」をする際にその「研究」の背後にある考え方・ものごとの捉え方にどのような種類があるか? どうやってそれらを研究に活かすか? ということについて述べられています。
哲学的な用語や臨床現場では聞きなれない単語も出てきてややとっつきにくい部分ですが、映画「マトリックス」を例に出しながらわかりやすく解説されます。

“primary care researchers have a choice. Take the blue pill: Jump into a research endeavour blissfully ignorant of one’s ontological and epistemological assumptions and how these shape key research decisions. Take the red pill: Identify one’s ontological and epistemological assumptions; identify and draw on existing paradigm(s) that resonate with these starting points”
ということで、存在論や認識論を無視して研究を行うか? あるいはそれらに自覚的になって研究を行うか? についての選択肢が提示されます。この本を読むことが後者を選ぶことに少しでも繋がればと思います。

CHAPTER3は「リサーチクエスチョンの選び方」ということで、どのようにリサーチクエスチョンを決めていくかについての方法論が述べられていますが、プライマリ・ケア研究として重要なのは
"Minority, rural and vulnerable populations are of special interest in primary care research but are too often excluded or underrepresented in mainstream medical research "
にあるように、「マイノリティの方、へき地や社会経済的に厳しい立場にある人達は王道の臨床研究では除外されることがあるが、プライマリ・ケア研究では重要なテーマである」
ということや
“Most biomedical research is done in tertiary academic health centres, hospitals and referral populations and does not adequately represent primary care, where most of the patients obtain most of the care for most problems most of the time. This creates opportunities and obligations for primary care research to collect data in community settings and practices”
「多くの臨床研究が高次医療機関で行われており、そこから出てきたエビデンスは必ずしもプライマリ・ケアの現場を反映している訳ではない。プライマリ・ケアの現場からデータを集め、発信していくことが重要である」という点などが本書全体を通じた重要なメッセージだと思います。

SECTIONⅡ:プライマリ・ケア研究における革新的アプローチ

SECTIONⅡでは学際的研究、混合研究、アクションリサーチ、質改善研究、プログラム評価など、量的研究を中心とした本では扱われない分野について具体例や豊富な参考資料を提示しながら概説しています。
さらに、プライマリ・ケアの診療所などが多施設で行うプライマリ・ケアリサーチネットワークやソーシャルメディア、ビッグデータを使ったプライマリ・ケア研究など比較的最近のトピックについても紹介しています。

それらもすべてプライマリ・ケアでの事例が取り上げられており、この本の大きな特色と言えるセクションです。

とくに個人的に印象的だったのはCHAPTER4「プライマリ・ケアにおける学際的研究」でプライマリ・ケア研究の第一人者であるTrisha Greenhalgh先生が書かれている
“But whilst the process of working across disciplines sometimes felt more difficult than working within a single-discipline silo, the research that resulted was more than the sum of the parts”
という表現で、分野をまたいで行う学際的な研究は自分の専門領域に閉じこもって行う研究より困難だが、その結果は部分の総和以上のものになるはずだ、という力強いメッセージが書かれています。

このCHAPTERで紹介されている、ロンドンのマイノリティの方の間でのウィルス性肝炎蔓延に立ち向かったHepFREE研究も非常に印象的でした。

CHAPTER7「プライマリ・ケアリサーチネットワークの設立と活用」では
“In summary, the development and implementation of primary care research networks has huge potential in informing primary care delivery and patient outcomes with high-quality, setting-appropriate evidence”
と書かれており、プライマリ・ケアリサーチネットワークを立ち上げ、発展させていくことでプライマリ・ケアでのエビデンスに基づいた質の高い医療を提供できることがさまざまな国の事例とともに示されます。

他のCHAPTERでも理論や考え方とともに様々な事例が紹介されており、プライマリ・ケア研究の新しい流れを知って貰うことが出来ると思っています。

このような形式でこの連載でSECTION3以降についても紹介していきたいと思いますので興味を持って頂ければ幸いです。

(このnoteでの訳は一部を紹介するためのものであり、本書での訳と必ずしも一致している訳ではありません)


プライマリ・ケア研究 何を学びどう実践するか
(原著:How To Do Primary Care Research)
翻訳:金子 惇(横浜市立大学大学院 データサイエンス研究科 ヘルスデータサイエンス専攻) 
edited by Felicity Goodyear-Smith and Bob Mash
endorsed by the World Organization of Family Doctors (WONCA)
2022年6月 南山堂より刊行予定

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