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無拍子(第一章)

第一章
目的を持たずに生きるということの楽しさ
【1 魚屋のおばさんとそこに居合わせた客の会話】
夕暮れ時。
僕は最近、親といまいち折り合いが悪く
家に帰りたくないと思うことがしばしばあった。
いつもはそこらに落ちている空き缶なのだけど、その日に限って空き缶はひとつも手に入らなかった。
角の酒屋のごみ箱に何種類かの空き缶を見つけた。
缶詰の缶は論外だし、ビールの缶もいまいち気に入らない。
そこにマウンテンデューの缶を見つけたら、そりゃこれだよね
空き缶を右足でグッと踏んづけてスニーカーにくっつけたらガラガラ音を立てて、家の方向とは逆の方向に歩いて行ったのさ。
タバコ屋さんの角を左に曲がって下を向いていた目線を前に向けたらそこは荒野だった。
クルリと後ろを振り返ったら、そこにあったはずの風景はなくやっぱり荒野になっていた。
僕はすごく不安で怖くなった。
怖くなって押しつぶされそうだったんだけど、怖いってのがなんだかわかんなくなっちゃって
そしたらどうでもよくなっちゃったのさ。

そこはずっと夕方だった。
時間がたっても日は暮れないし、夕方の荒野はずっと夕方の荒野だった。
いつまで待っても全然夜が現れることはなかった。
ただ、僕がそろそろ昼にならないものかと思えば太陽は必死に空をもどって行って昼になった。
そしてその太陽ときたらいつまでもギラギラしていてへらへらと笑っていたよ。
僕のほほを通り過ぎる風はカラカラと乾いていて、枯れ枝のような木が下品に笑っていた。
夜にはいつまでたってもならないんだけど、星が見たくなったらさ
冗談のような大きい☆印が青空にぽっかりと何個も浮かんだんだ。
そういう星を見たいわけではないんだけどなって思っても、いくら待ってもそこに出てくる星はその星しかなくてね。
これは後々も引きずって、僕を困らせる要因なのだけど
ここではまだ僕はお客さんで
みんなが僕を祝福してくれていた。
実際に誰かにあって「おめでとう」とか、「いらっしゃい」だとかを言われたわけではなくて
心地よい青空が僕を思いっきり歓迎しているように思わずにはいられなかったからだ。
僕はひたすらに歩いたり転がったり飛んだり跳ねたりしていたら、ちょっと疲れた。
なんてったって、さっきまでの夕方を太陽に戻ってもらったり青空を眺めたりをしていたりしていたからね。
時間の感覚がおかしくなっているんだなとも最初のころは思ったんだけど、やっぱりどうでも良い事だったので考えないようにしていたら3秒ですっかり忘れられたのさ。
飛んだり跳ねたり転がったり歩いたりをしていたんだけど、それの繰り返しも飽きてきたとき、さあていったいここで僕は何をしたらいいんだろう。
何をするために人っ子一人いない子の荒野にきてしまったんだろうと、頭の中にふにゃっと浮かんだらさ
突然に魚屋のおばさんが近所のお客さんと話をしている間に入って話を聞かなくてはいけない羽目になってしまった。
文字通り彼女たちの間に挟まって。
身長130センチの僕の頭の上で、2メートルくらいのおばさんたちが唾を飛ばしながら話している。
「だ・か・ら・何にもないのよ」
「なんにも?」
「そう、何にもね、欲しちゃダメなのよ」
「欲しちゃ?」
「答えを求めちゃダメなの」
それがコマ送りの映像で、しばしば目をしばたかせる場面もあったのだけど、これが僕には後にも先にも『最後の回答』だったのでしょうね
ところで、魚屋のおばさんの顔がマグロでできているのにはさすがの僕も驚いた。
くちばしについてはさほどでもなかったのに
近所のお客さんにも頭に学芸会の演劇のように[近所]って立札がかかっていた。
どんなに遠い所に住んでいても[近所]だね、あれじゃあ
そういえば、荒野にも[荒野]ってところどころに書いてあったし
青空なんか地平線のはずれに申し訳なさそうに[あおぞら]ってひらがなで書いてあった。
星なんかは、さっき言ったとおりだけど、月には残念なことに[MOON]って書いてあったよ。
なんだかそれだけは、くすぐったい感じがしたんだ。
そんなんで、僕は歩くことに決めたんだ
飛んだり跳ねたり転がったりではなく、歩くことにね
ここには何かがあるのだろうし、魚屋のおばさんにも言われた通りに[答え]は貰えないらしいので探すことに決めたんだ。
いいや、探しまくることに決めたんだ。
そっちの方が正解のはずだろうな。

【2 この人知りませんか?僕はぜんぜん知らないのです】
さっきから僕は大変気になっているのです。
それは僕の後ろ側の話なのです。
当然僕には背中に目がついていないので、何かが背中のほうで起こっているという気配だけがすべてを物語ってくれました。
僕がひたすらに荒野を歩いていると、コロコロ笑う女の子が僕の後をひたすらついて来ていたのです。
少したってから考えたのだけど、たぶんこの右足のスニーカーに挟間っている空き缶がガラガラ音を立てているのに気が付いて、僕のことを見つけてしまったようなのだ。
その女の子は、いつの間にか僕の後をひたひたとついてきていて、多分この荒野の大地からムクムク湧き上がってきたのか、僕の影の中からヌ~っと現れてきたかのどちらかだと思う。
今までいた世界では、そんな経験をしたことがなかったので
僕はこの世界ではこういうことが当たり前の事なのだなと、妙に納得してしまった。
それで、コロコロ笑う女の子に話しかけようとしたのだけど、女の子の名前を僕は知らっったので、何て呼んでいいかわからずに立ち止まって少し考え込んでしまった。
そうしていたら、女の子は僕の肩をトントンと2回たたいて口に1本指を立てると答えは教えないよって感じで僕に示した。
そうした後、女の子は指を僕の前にすっと示し『もう先に進もうよ』という風に僕の先を歩き始めたんだ。
僕はその姿を見て少しはっとしたのだけど、コロコロ笑う女の子はお構いなしにグングン進んでいったのさ
はぐれてはいけないと僕も右足でガラガラ音を立てながら歩き始めた。
歩いているうちに、さっきの魚屋のおばさんの顔が頭に浮かんできた。
マグロの顔は面白い顔だったなとか、[近所]のお客さんはオニヤンマみたいな顔だったなとか、2人とも2メートルはあったんだよなとかって思い出していると
急に、本当に前触れもなく急に
僕の頭の脳みそに習字の太い方の筆で、すごい上手な字がビシッと書かれたんだ。
それはコロコロ笑う女の子の名前に間違いなかった。
[トマト]
普通トマトって言ったら食べ物だと思うけど、その時僕にはどうしてもコロコロ笑う女の子の名前にしか思えなかったんだ。
それで、僕の前をトコトコ歩く女の子の背中に向かって
「トマト」
って呼んでみたら、コロコロ笑う女の子はとびっきりの素敵な笑顔を僕に見せてくれた。
すると、僕の心はとても嬉しくなって、幸せな感情があふれてきて、鼻歌をフンフン歌いだしちゃった。
多分その歌は今までいた世界のすごく流行っていたアニメの始まりの歌だったんだけど、トマトはまるっきり知らないみたいで、その歌を教えてって言ってきた。
答えを教わるのはダメなのに答えを教えるのはいいのかな?って僕はすごく混乱した。
荒野の赤い土の上にあったテーブルの上に置いてあった本には、その歌の歌詞が全部書き留められていていたから、僕はそれをトマトに渡してメロディを鼻歌で口ずさんだ。
そんな風にしていたら、トマトは数分もかからないで、その歌を完璧に歌いこなすことができるようになっていた。
ただ、その歌の歌詞が僕んもよくわからないくらいにチンプンカンプンだったので、トマトには
「あまり人前では歌わない方が良いね」って言ったらトマトは
「あなたの歌のほうがひどいよ」って言い、またコロコロ笑いだしたのだ。
僕が「そういう意味じゃなくてねぇ」って言いかけてやめた。
だって周りを見渡しても、そこにあったはずのテーブルがいつの間にかなくなっていたのですもの。

【3 緑山猫の卵に対する考察とトマトの畑】
トマトと僕はトコトコ歩きながらいろんな話を楽しんだ。
その中でも一番盛り上がった話はトマトの住んでいる家の裏にある畑に住んでいる緑山猫についての話だった。
とは言っても緑山猫について何一つ知らない僕が、トマトにあれこれ聞いていたのだけれども答えを教えて貰えないルールなものだから、
少し僕が話せば、トマトは勘をめぐらさて先回りして話をしてくれるってスタイルだった。
それで理解したことがトマトの家の裏の畑に住んでいる緑山猫は、およそ僕の持っている全12巻の生物図鑑に載っている生き物ではないということ
それと、畑を耕している人を見るときまって
「おーーい」
って話しかけてくることだった。
トマトの家の裏の畑に住んでいた緑山猫は[あわ]って名前で、この世界では[純白]って意味する言葉らしい
[あわ]は純白っていう名前のくせに体全体が緑色をしていてくすんだ灰色が体の真ん中に走っているんだそうだ。
そして、とても人懐こくものすごく物知りだったのだそうだ。
僕の知っている世界の猫の話をしたらトマトは
「その生き物は猫ではなくてクジラに近いものがあるね」って、フムフム言って聞いてくれた。
緑山猫は体の大きさが手のひらに乗るようなサイズで尻尾をマフラーのようにしているらしい。
年を取っていくとその尻尾マフラーはどんどん大きくなっていって、最後は卵のようになっていくのだって。
卵になった緑山猫は数か月すると、その殻を破って子供の緑山猫が生まれるのだそうだ。
生まれるのは決まって1匹だけ生まれて、卵の殻をポリポリ食べて大きくなっていくらしい
そんな話をしている最中も、トマトはきまってコロコロと笑っていたんだ。
僕たちが夢中になってそんな話をしながら並んで歩いていると、マンホールのフタが置いてあった。
そう、荒野のど真ん中に
僕がマンホールにスッと目を落としてトマトに話しかけようと顔を戻すと、トマトの立っているすぐ横にでっかい看板があって
『本当なら入っても良いのだけど。物足りないなら見てってよ』って書いてある
だから僕らはマンホールのフタを開けることにしたんだ。

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ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん