短歌初心者でも楽しめる短歌の紹介~早坂類と世界への違和~

早坂類さんの自選歌集より個人的に好きな良い短歌を紹介するよ

早坂類と世界への違和感

かたむいているような気がする国道をしんしんとひとりひとりで歩く

人は皆、何となく生きづらさを感じて社会生活を送っている気がする。まあ考えてみれば万人が納得するシステムなどこの世にはないのだからあたりまえの話だ。他人から見れば要領よく社会的価値のあるステータスを手に入れた生活をしている人も、心の中では色々なことを諦めて妥協して生きてきたのだろうと想像する。

歌人早坂類さんはそういった世界への息苦しさ、断言は出来ないけれど何か違う気がするもやもやを短歌にするのがとても上手い。

国道という、国の道、間違いのないその先へ続くであろうそれが、なんとなくかたむいて見える。その道をしんしんと、ひとりひとりで歩く。諦念、無情感、本当にこの道は正しいのだろうかという疑念とわだかまり……。

ぼんやりとしうちを待っているような僕らの日々をはぐらかす音楽(おと)

仕打ちは強者から弱者へ下される不条理な罰だ。逆らうことの出来ない世界からの仕打ちを、それをぼんやり待っているような気持ちが日々にあり、音楽はそれを紛らわせる。

あらかじめぬぐわれていてさらさらの快晴のもと光る草や木

この歌はとても視点が面白いと思う。皆さんは草や木、自然を見て、ぬぐわれている、と思ったことがありますか?あらかじめぬぐわれている草や木の対極には、産まれながらに汚れちまった人間、文明の存在がある。キラキラと光り、風にそよぐその大自然だけを歌いその裏側の暗く冷たく悲しい世界を見つめている。

さりげなくさしだされているレストランのグラスが変に美しい朝

差し出されたグラスを見て、変に美しいな、と思うこともあまりないだろう。きっと元々世界が偽物のように美しいものだと感じているのかもしれない。

ときどきは自分の身体を見おろして今在ることをたしかめている

自分の存在すら不確定で不明瞭で、その存在が確かな物なのか確かめずにはいられない。唯一自分だけでも確かでなければ世界は苦しくつらいものだろう。ただ救いもある

ふと足を滑らせた処(ところ)にうっすらと輝く小石があったりもする

しかし救いは綺麗な小石程度のもので、宝石や金品を拾うほどでもない。しかもあったりもするし、もちろんなかったりもする。

あとは死ぬばかりだったら凄いのに 僕らの声は高くて細い

一方子供は無邪気で、この未来に素晴らしい出来事がたくさん待ちかまえていると無条件に信じている。それを見まもる目はどこかさめている。

どんなにか遙かな場所から僕にくる風の吹く日にベランダにいる

清らかで心地よい風も、その清廉さ故に自分のいるこの場所とは結びつかない遙かかなたから吹いてくるような気がしてしまうのかもしれない。

此の中に在るものはただ単に愛といいます それ以外無い

想像させられる楽しさ

良い短歌は世界の二面性や、輝く生の中に不吉な死、また死の中に輝く未来を感じ取っているものがわかりかし多い。

物事のただ表面をなでるだけでなく、その内側に、裏側に感じさせる血や肉のうねりは短歌を楽しむ一つの要素であると思う。

早坂類さんはその世界の切り取り方が独特で自分の感性にビリビリくる素晴らしくクリティカルな歌人だ。ただこれが全ての人に刺さるかといえばそうでもないと思う。

もちろん短歌はもっとハッピーでキャッチーな世界を詠ったっていい。思わず心がほころぶような素敵な歌人もたくさんいる。

あ、この人好きかも!という発見は短歌をより楽しくする一つの道しるべになるはずだ。

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