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灰とダイヤモンド


”"
松明のごと
なれの身より火花の飛び散るとき
なれ知らずや
我が身を焦がしつつ自由の身となれるを
持てるものは失われるべき定めにあるを
残るはただ灰と嵐のごと深淵に落ちゆく混迷のみなるを
永遠の勝利の暁に灰の底深く
燦然たるダイヤモンドの残らんことを
””


「君は知らないだろうけど、まあ、あまり人に言いたくはないけど、いやー、いいんだよ」
ちょっと俯いて、「チブルスキーだよ…」

「チブルスキー? 誰、それ」

「うーん、君知らないかなー、『灰とダイヤモンド』、アンジェイ・ワイダの『灰とダイアモンド』だよ」

「アンジェイ・ワイダ」は知っていた、名前程度は。
「灰とダイヤモンド」は?で、「うん? あー、あー」って、会話は終わった。


しばらくどこかの小さな映画館にかかるのを待っていたが、痺れが切れ、ビデオを借りて「灰とダイヤモンド」を見た。

”ワルシャワ蜂起のあと、ソ連の功略に翻弄されながらも、地下水道をさまよい生き延び、ドイツ降伏後、祖国のソ連傀儡政権樹立を阻むため、テロリストとなった「マチェク」、それが「ズビグニエフ・チブルスキー」だった。”

 ホテルの部屋
  クリスチナ(エヴァ・クジジェフスカ)
   「どうして、いつもサングラスをかけているの?」
  マチェク(チブルスキー)
   「祖国に対する報われない愛の記念さ。いや冗談だよ、本当は、蜂起
   の時に下水道の散歩が長過ぎてね」

 銃爆撃のあとの廃墟
  壁に碑文を見つけたクリスチナ
   「松明のごと、なれの身より火花の飛び散るとき、なれ知らずや、我が
   身を焦がしつつ自由の身となれるを、持てるものは失われるべき定め
   にあるを、残るはただ灰と嵐のごと深淵に落ちゆく混迷のみなる
   を、?・・・」
   「あと、よく読めないわ」
  マチェク
   くるりとクリスチナの方に身を反転させ、口元をぐっと締めながら
   「ノルヴィットだ」
   続けて
   「・・・永遠の勝利の暁に灰の底深く、燦然たるダイヤモンドの残らん
   ことを」

  クリスチナ
   「きれいな詩ね」
  マチェク
   「君こそがダイヤモンドさ」

 マチェクが、標的シチューカを至近距離で銃撃する。
 シチューカが抱きつくようにマチェクに倒れかかり、マチェクはシチュー
 カを懸命に受け止める。
 カメラのローアングルが捉えたマチェクの頭上の闇空に、ヒューと花火が
 眩しく迸り、咲き上がる。

  ”ソ連傀儡政権の誕生を祝って”

 最後、保安部隊の銃撃に、血に染まりながらゴミ捨て置場で身悶だえ、息
 絶えるマチェク。


 廃墟の天井から逆さに吊り下がったキリスト像。
 ホテルのベッドのマチェク、クリスチナの表情。
 その深く奥行きのあるカメラワーク。

 余計なものがそぎ落とされた、なにげのない会話。
 希みと裏切りの薄い隙間から繰り出される言葉。


「君は知らないだろうけど、まあ、あまり人に言いたくはないんだけど、いやー、いいんだよ」

「うん、チブルスキーだよ」

「そして、アンジェイ・ワイダ」

「いいーんだよ」

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