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万年筆のすゝめと身の上話

万年筆の蒐集趣味と聞いたならば、おそらくおじさまの趣味であるという認識を抱く人が多いだろう。
実際万年筆店を覗いていると、大概店内にいらっしゃるのはお年を召した「いかにも似合いそうな感じの」おじさまが大半である。
なぜこのような状態になるのかと言えば、そもそも高々筆記用具であるだけの万年筆はそれにもかかわらず使っている部品(純金18kとかはザラである)、ブランド、ペン先加工技術、そもそも耐久年数が馬鹿長い(僕が実際に所有している万年筆は前オーナーがどの程度使っていたかはわからないが、廃盤時期と生産年数を考えると20年以上前のモデル)ので買い替え等が起こらず大量生産されづらい等の問題で何万円代のものが多いためである。お金に余裕が出てきたおじさま方が憧れから購入したりするのだ。

しかして、高級品といえど文房具は文房具、一番使ううちに使ってあげるのが義理というもの。であるならば最もペンを持って大量に筆記する学生のうちに手に入れるのが最も合理的なのではないだろうか?
僕はとある事情ときっかけから万年筆にどハマりしてそこそこ高級な万年筆まで購入するようになってしまった。
今回はこのきっかけの話から万年筆にハマるまでの経緯、おすすめ対象となる人々を挙げていくことにする。
僕個人の所有している万年筆については気が向いたら別の記事にて紹介するが、そこまで多くはない。金がないので。

筆記についての遍歴

まずこれを書くにあたって、僕の書くと言う行為についての遍歴をみる。
そもそも僕は書くという行為が嫌いではないが好きでもなかった。
どちらかというと、書きたくて仕方ない時、書いてて楽しい瞬間と、何も書きたくない瞬間が両極端に存在していた。

小学校、中学校、高校、万年筆にハマる大学4年生までの授業や普段の勉強の中で、書いてて楽しい時は先生の話の端まできちんと聞いてノートにコメントとして書き残し、まぁこれは計算すればわかるからと言って先生が飛ばそうとした物をちょっとした空き時間に計算して検証したり、落書き込みで完成されたノートになるようにしてみたりと色々と試みる生徒だった。
最近ではよく知られている「できる子」のノートの取り方である。

一方でダメな時は本当にダメで板書を写すことすら嫌で、教科書にメモをするわけでもなく、アンダーラインすら引かないこともあった。

このようなムラが発生する要因は「その日の紙、ペン、手の馴染み具合の差」であった。紙と手の接触時の違和感、シャープペンシルが紙の上を走る感触、紙のたわみ。これらはその日の天候、主に湿度によって大きく変化する要素だった。

僕はこだわりが強いと言うか、この紙と手の接触具合が不愉快だとどうしても書く気が起こらない困った性質を抱えていた。
さらに僕は部活でテニスをしていたため手が乾燥していたり破れていたりと言うことも多く、手首を痛め受験も近かったと言うことで部活をやめたのだが、手首の痛みが原因なのか筆圧がどんどん弱っていくなど筆記についての問題が次々と現れ始めていた。

これを改善するための手段を高校時代の僕はわからないなりに考えた。

普段の授業は紙への炭のノリなど気にしなくて良いボールペンで書き、可能なかぎり自分が納得した紙質のノートを購入する。テストの時や、入試の時に備えて薄すぎてわからないと言うことがないように4Bのシャープペンシルの芯を購入する、4Bの芯は丸くなるのも早いのでクルトガを採用する、クルトガもノーマルモデルではその日の指の調子次第で痛くなったりするので薄いラバーが貼られていた少し上位のモデルを購入し、それを失くした時も大丈夫なように複数購入しておく、濃いペン芯に合わせてそれを弱い力で確実に消せるように消しやすい消しゴムを探しておく等

最終的にボールペンはsarasa 0.4mm(後にドライが出てからはドライに移行)、ノートはツバメノートの無地 A4(大体の入試問題の解答用紙が無地白かつ素材が気に入ったことに由来する)、シャーペンは先ほど言った物、消しゴムはmono Airになった。
ちなみに色ペンは基本的に使わないものの、丸つけをさせられたりと言ったことは少なくなかったので、赤の代わりにオレンジのsarasa、青の代わりに緑のsarasaを使用していた。可愛いので。(分解して組み合わせてにんじん!とかやっていた記憶がある)

ここまでやってもまだ、安定とはいかず、どうしてもダメな日はあった。

さらに大学に入学してからもこの苦悩は続いた。

授業内で筆記することはもちろんのこと、専門分野の勉強等でかなりの量を筆記したり、高校の時はほぼしなかったであろう教科書の写経(一回書いていくことで論理の流れを覚えるようにする作業)や、証明の流れを自分で一から再現する等、高校の頃の問題を解くだけの時以上の筆記量を必要とする勉強が多くなった。

特に論文を読むときなどは、英語をそのまま読むのがあまりにしんどかったため、論文のうち重要なセンテンスや流れを英語で一回書き記した後に自分で翻訳をつけると言うかなり面倒かつ筆記量が必要な作業をすることで勉強していた。

ボールペンでもしんどい、高校卒業してさらに筆記圧が落ちる。
しんどい時に何も書かないで勉強するとこれはこれで全く身に入らない(授業でやってくれる訳でもない内容は特にそうである)
手を動かした分だけ自分の実力となるみたいな節がどうしても大学の学問ではあった。

ここでようやく万年筆が登場する。

万年筆との出会い

万年筆との出会いは単純で、母親が格安の万年筆(platinumの万年筆だったはず)を使用しているのを見かけたことである。
母親も、僕とは好みのタイプは違うものの、筆記用具、文房具のオタクであり、面白そうな文房具はとりあえず購入したり、文具店で暫く色々な物を眺めるのが好きなタイプの人間である。
「そんな母親が使っているのだから、何かいいところがあるのだろう」と思い、借りて一時間ほど使わせてもらった。

最初のイメージとして、万年筆はボールペンなどと違って非対称な形をしているため、角度によっては描けなかったりするのかなとか、そもそも日本語を書くようにデザインされているのか?などの疑問があった。

結論としてはそんなことは一切なかった。使っていて楽しいし、何より一切力を入れなくても筆記することが可能である点に驚いた。

自分はノートを書く目的は書くことによって記憶を定着させることにあって、見直してどうたらこうたらと言う目的ならワープロでいいと思っている。そのほうがよっぽど綺麗だから。

その点で言うと、いくら書いても疲れないこの筆記感は感動すら覚えるモノであった。

さらに、力を入れて書くことも可能で、ボールペンでの筆記や書き分けが難しいギリシャ文字群(例えばイタリックのxとχ、筆記体のzとζ等、自然科学に度々登場する)をトメハネをつけることで書き分けることが可能になる。
書き分けの必要がなくても抑揚があってみやすくなる。インテグラルとか。

度々論文や教科書を書き写したり再現することで勉強する僕にはかなり魅力的な要素であると感じた。故に自分で母と同じプラチナの安い万年筆(amazonで千円しなかった)を購入。これが最初の万年筆との出会いである。

以降は完全に万年筆の虜になり、インクにハマり、順当に高級万年筆を買うと言う流れになった。

ちなみに紙の沼にもハマり、ツバメノートは綴じの関係から使用頻度が減って、今はマルマンのニーモシネに移行している。
流石に全てこれらの紙でやる訳にもいかないので、本当にしょうもない計算などは正直コピー用紙で十分なのでそれも使っている。正直水性インクのノリでいえばコピー用紙は全然悪くないのだが、肌触りがアレなのと裏写りが発生するので保存には向いていない。

これも順を追って話していこう。

まずインクである。
これは万年筆にボトルインクを充填するモノであるコンバータと言う商品を手に入れてから始まる。

通常ボールペンのインクといえば真っ黒、少しブルーがかったボールペンらしいぬらぬらとした黒、朱色に近い赤や目に痛い原色の赤や青。
SARASAなどはボールペンとしては珍しくかなり多くのカラーバリエーションを誇ってはいるが、油性なので原色そのままだったり色に深みがなくてそのままドーン!って感じの色である。(語彙力)

一方万年筆のボトルインク、特に水性インクはそれぞれのメーカーが拘って出しているだけあって深みのある色(青一つとっても奥に緑が見えるようなモノ)の物が多く、ブルーブラック系一つとってもpilotの色彩雫シリーズだけで深海、月夜、紺碧、カランダッシュのマグネティックブルー、ペリカンのブルーブラックや同じペリカンのエーデルシュタインシリーズのオニキスなど、メーカーやメーカー内のブランド、名称ごとに色味が異なる。

人様のブログである上僕のあげた色インクはないが、わかりやすい比較があったので紹介させていただく。

これらの中から自分がこれだと思ったボトルインクを購入して充填して使うことができるのが楽しい。(後ビン自体が可愛い

正直自分が書いた後のノートはほぼ見返さないのだが、数時間机にかじりついて勉強して疲れた後にノートを眺めると、なんとなく自分の好きな色で文字や数式が残されているとテンションが上がると言う物だ。

さらにインク複数持っていると出来ることがある。
淡い色合いのインクと濃い色合いのインクを使い分けると、文脈の中で検算をしたくなったり、メモを書き記したくなった時に淡い方で書いておくと言ったことをすると、文脈というか流れを損なうことなくえっとこの計算結果はどこでやったっけなどと言うことが格段に減る。

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二度と読まないと思って適当に書いているので汚さや誤字には目を瞑って欲しいのだが、こんな感じで自分でやった計算は淡い色(天色)、本文に登場していた論理の流れを赤で書いたりしている。自分の計算を同じ色で書くと割と混乱することが多かったのだが、別の紙に書くとそれはそれで結局どうやって導出したか忘れたりしていたのでそういうのが減った。

インクを混ぜて使うと言う人もいるようだが、洗浄が面倒くさくなりそうなので僕はやっていない。

高級万年筆まで落ちた話はまた今度にしよう。

とりあえず見た目がかっこいい上に金のペン先の書き味の魅力に取り憑かれたと言うだけの話である。

万年筆をおすすめしたい対象層

ここまで散々万年筆にハマった経緯を書いた訳だが、ではどう言った層の人間におすすめしたいかと言う話をしていく。

まず、筆記感にこだわりのある人
ボールペン、シャーペン一つとっても筆記感についてこだわりがある人というのは多いと思われる。
こだわりこそあるが、まだ自分にとってのベストな相棒が見つけられていないような気がする・・・という人には万年筆に手を出すことをおすすめする

次にとにかく筆記量が多い人

理系学生に顕著であるが、文系の学生であっても法学や哲学などを書いて覚えたり、泥臭く手書きで大量に原著の文学や文章を訳しまくるという学生をみたことがある。学生でなくとも普段から大量に文章を書いたり、コーディングをする前に設計を紙とペンでする人、家庭教師などで生徒に教える際にといてみせるみたいなことをする人。コピーした(聞き取った)音階を楽譜に書き写して保存してから練習する人。作詞作曲する人。
そういう人たちにはおすすめである。手がとにかく疲れにくい。まぁこれは合う合わないがあるとは思うが、使ってみてこれだと思ったら使ってみて欲しい。

次に色味にこだわりがある人
万年筆は可愛い。インクの色も素敵だ。
こういう風に思える感性の持ち主はいつか手に入れてみて欲しい。
様々なメーカーがこだわりに拘って、なんらかのモチーフをもとにインクを作っている。それらに思いを馳せながら感傷的に文書を綴ったり日記を書くのもいいのかもしれない。まぁ僕は日記書かないけど。
インク帳を作るのが趣味なんて人までいる。
僕は正直そこまでするならガラスペン(今使う分だけつけて使う付けペンのような物)を買うのもアリかなとは思うが、万年筆なら破損の心配が比較的少ないので割とありかなって思う。

最後にモノに愛着が湧くタイプの人

これだ!と思ったモノに愛情を注いでメンテナンスして・・・という経験がある人で、筆記を普段の生活の中でする人には万年筆はおすすめだ。
万年筆は定期的にメンテナンスをする必要がある。インク交換だったりのタイミングでペン先を水につけたり普段から丁寧にティッシュや柔らかい布で拭いたり。こういう行為自体が面倒くさくない、むしろ好きというタイプの人間なら、もし好みの万年筆を見つけて手に入れられそうな値段なら買ってみて欲しい。きっと愛着が湧くし、モノがあるということが理由になって筆記量が増えて勉強量が増えるというモノだ。

ただここで気をつけたいのが、誰かから万年筆を贈られたからと言ってそれが必ずしも受けるとは限らないということだ。
実際僕としては大学に入る段階で金ペン等を贈ってもらっていたらそれはそれでまた違った勉強があり、大学院試験まで好調に勉強を楽しく重ねることができていたかもしれないが、万年筆を贈るという行為はリスクでもある。

例えば自分の親戚や生徒に大学に行くならということで突然万年筆を送ったところでペン派だったりこだわりがない子だった場合、使用されないまま気が付けばメルカリで叩き売られていたりする。
こういう叩き売られた商品が買えるのでこっちとしてはありがたいところはあるが、贈った側の人間の気持ちを考えると居た堪れないので贈るなら貸してみて合うかどうか聞いてから、そもそもマニアな人(普段から万年筆を使っている人)の誕生日に贈るなどの方がいいだろう。

かなり長くなったが以上である。
自分の周囲(同年代)にはここまで文房具にこだわる人がいなかったので寂しくて書いたみたいなところがある。
使い心地などを除いた費用対効果のみを考えた場合、いくら長持ちするからと言って万年筆自体は決してコスパのよろしいものではない。最初の一回が高額すぎて、何度買い換えたところで通常の文房具の使用頻度的には元は取れない。安価な万年筆にボトルインクで数年使えばギリギリ元が取れるか?

同世代たちは皆、そんなモノに拘ってどうするんだとか書けりゃなんでもいいだろとか、そんなモノにたくさんお金を出してどうするんだと言ってくる。まぁ僕からすれば彼らが拘って着ている年不相応な価格帯のブランド品のお洋服の方が余程費用対効果が低いような気はしているがそれを差し引いても、学生として金をかけるのであればおそらくPCか文房具に金をかけるのが最も有意義であるだろうし。

エンジニアが長く触れるキーボードやマウスにこだわるように、筆記用具は学生たちにとって最も手の触れる時間の長いもの(恋人がいるなら恋人の手の方が触れる時間は長いのかもしれないが。)にこだわるのは当然の道理であるし、是非とも一回触ってみて欲しい。



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