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短編『何も気にならなくなる薬』その222

「かじかんだ手」「おこぼれ」「チューインガム」


かじかんだ手を再び揉む。
息を吐き、どうにか寒さを堪えている。
「先輩、まだですか」
「もう少し我慢しろ」
「もう、寒くて敵いませんよ」
「慣れればそのうちなんとも思わなくなる」
「それって神経死んでませんか」
「口じゃなくて身体を動かせ」
男たちの全身に吹き出した汗は既に冷え切ってしまっていた。切り株に無造作に置かれたノコギリはすでに雪が積もっている。
異常気象。そう言ってしまえばそれまでだが、真夏の吹雪は世の中の終わりを告げているようであった。
キャンプ場で研修をしていた社会人達は、この状況に混乱していた。
文字通りのサバイバルなのだが、彼らにその知識はない。
一部の有識者、もっとも異常気象ではなくキャンプのだが、その数人が暖を取るための薪を燃やし、またそれが尽きることを見越して近くの森林から木材を切り落としているところであった。
「なんで自分たちがこんなことを」
「仕方ないだろう。男手が少ないんだ。こんな力仕事は俺達がやるしかないだろう」
「でも、あんまりですよ、私たちだけがこんな。もうどうせ無理ですよ」
「無理かもしれないが、もう良いだろう、どうせ無理ならどこまでやれるかやってみたほうが面白いだろう」
「頭どこかぶつけました?」
「まさか」
「なにか食べ物ないですかね、暖がとれてもこれじゃあ飢え死にですよ」
「ガムならあるぞ」
「なんでこんなときにガムなんですか」
「新人たちに嫌われないように、口臭対策に買っておいたんだよ」
「はは、まさかこんなところで役に立つなんて」
「それにこういうときに男を見せれば何かしらおこぼれがあるかもしれないぞ」
「まさか、そんな訳ないじゃないですか、映画の観過ぎですよ。追い込まれた男女が身体を重ね合う?そんなのないですよ。どうせ食べ物の奪い合いになって何人も死ぬんですよ」
「それもそうかも知れないな」
「なんか、テントに戻るの怖くなってきましたよ」
「それならこれから二人だけでサバイバルをするか?」
「男二人でですか?どう考えてもバッドエンドじゃないですか、仮に男二人だけ生き残っても、人類は滅亡ですよ」
「それならやっぱり戻るしかないよな」
「そうなりますよね」
「ある意味、こうして身体を動かしている方が気が楽かもしれないぞ、今頃待ってる奴らは不安で頭がいっぱいだろう」
「まだ私達はマシってことですか」
「そういうことだ。それにこの木はすぐには燃えない、焚き火のそばで乾かさないとな。結局あそこに戻る必要があるんだよ」
「こんなことなら、フォークダンスの一つでも覚えておけばよかったな」
「そりゃいい考えだ。踊っていれば気も紛れるだろう」

美味しいご飯を食べます。