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短編『何も気にならなくなる薬』その3

「もう、出ちゃいました?」
「はい、ちょうど5分前くらいには」
「そうですか、有難うございます」
バス停で、出会った二人が共通の話題を終えると沈黙が訪れた。
より一層早く次のバスがきてほしいとそう願ったのは言うまでもない。
どんなに覗き込んでも早くは来ないバスを、何度もその蜃気楼の向こうをゆらゆらと眺めていた。


「学生の頃使ってたバスあるじゃん」
「あぁ、あったね、それがどうかしたの」
「それがさ、なんか本数減ったらしいんだよね」
「それまたどうして」
「なんでも学生の数が減ったらしくて、今じゃ二クラスしかないらしいよ」
「俺たちのときはE組まであったのにな。それこそホントに少子化って感じがするよな。それで、そういうお前は最近どうなのさ」
「どうなのって」
「そういう相手とか見つかった?」
「いや、全然いない」
「俺なんかの相手してないでいい相手探した方がいいじゃないか」
「どうしてそういうこというかな」
ため息とともにうなだれた彼女が生ビールを追加注文する。
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「おばあさん、よかったら」
「あら、ありがとう」
カバンからヘルプマークをぶら下げたおばあさんに若者が席を譲ってあげた。
讃えられるべき行動なのに、バスの中ではいたたまれない人たちが俯いてはバスに揺られている。
「あの、よかったら」
「いいよ、私すぐ降りるから」
「あ、そうですか」
中腰になった体勢から再び席へ戻る。
優しさは何処か宙へ舞って、もどかしさがぐっと腰掛けていた。



「乗り換え輸送を実施しております。ご利用の方はお近くの駅員までお尋ねください」電車のトラブルでダイヤが乱れてしまった。
復旧の見込みが立たないとして、駅のホームで待つ人は次第に痺れを切らして改札へと向かっていく。
構内アナウンスに誘導されながら、駅員を探すのは難しくない。
人の列がそれを意味していた。
同じことを繰り返し伝える駅員と時折理解ができない乗客とのやり取りが、より一層待っている人達の焦りや不安を駆り立てている。
それもそのはずだ、予定していた時間に物事が進まない。
赤子だろうが大人だろうが、それは泣きたくもなる。
遅延証明書を貰って喜ぶのは学生たちくらいなものだ。
「西口を出ましたところ、バスターミナル3番のりば、4番のりばにて乗り換え輸送を行っております」
大きな声で駅構内にアナウンスが響き渡る。
それでもやはり改札窓口に人の列ができる。
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美味しいご飯を食べます。