魚亭ペン太「メモ帳供養」その1

こんばんは、魚亭ペン太です。なんだかスマホのメモ帳が動作不良なので、メモ帳の中にあった端書に手を加えて供養しようということで……お付き合いいただけたらと思います。もしかしたら過去に投稿したものと重複するかもしれません。

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「嫌なことがあったときは」なんて検索をかけても、まともな答えしか返ってこない。

友達と遊ぶ。

飲みにいく。

運動をする。

好きなことをする。

こっちの都合などお構いなしにそれとなく当てはまる言葉を提案してくる。まるで占い師だ。

実際にそのコラムを書いているのは占い師を名乗る女性だった。名前はどこかで母や父になっているような人でもない。誰だかはよく知らない。

「調子のいいことばっかり言ってさ」

独り言は車の中だけで収まってしまう。ようやくクーラーが効き始めたのを皮切りに温めておいたエンジンのギアをPからDに切り替える。そして、ゆっくりとブレーキから足の力を抜いていく。

好きなことをすれば気分も晴れる。結局これが一番しっくり来るのだと思った。別に占い師にそう言われたからではないと重ねて言いたい。

オーディオの音量を上げ、アクセルを踏み込んで車道に入っていく。

高速道路のパーキングエリアから本道へと入り込み、他に車が少ないことを確認して一気に踏み込んだ。

ブルゥ。

エンジンが震えながら音を上げる。

その重低音につられて気分がよくなるのがわかる。

さっきまでは遠慮していたのだ。法律なんて構わずに性能の限界まで踏み込んでいく。

少しずつ悲鳴を上げていくご老体は今にも倒れてしまいそうだった。

時速160キロ。

助手席に座るメロンちゃんが態勢を崩してしまったのをいつもの癖で直そうとした矢先だった。

私とネコのぬいぐるみは重力を失った。いや、私の運転している車は宙を走行していた。

「翼を授けるだなんてね、本当だったんだ」

体感速度は恐ろしく遅くなって、ドリンクホルダーから飛び出したエナジードリンクからは水滴が飛び散るのが見える。

「もしもし」

「なに」

メロンちゃんは車の天井にぶつかったまま落ちてこない。私を見つめながら話しかけてきた。

「もし、このままどこかへ旅立てるなら、何を持っていく」

「なにって、そうね、もう少し走りたかったからこの車かな」

仕事を頑張られた理由はこの一台のご老体が私のドライブに付き合ってくれたおかげだったのかもしれない。

「そこは私じゃないのね」

メロンちゃんは残念そうにする。

「私がもっと幼かったらあなたを連れて行ったわよ」

「それだけ大人になったってことなのね」

「そういうこと」

「早く大人になりたいって口癖にしていたけど」

メロンちゃんは過去のお人形遊びを思い起こさせる。

「もう少し子供でいたかったな。結局わかりあえたのは貴方だけだった」

大人になればいろんなものが手に入る。そんなふうに考えていた。それなのに手に入ったモノ以外はどんどん手のひらから落ちていく。何もかもが重力に逆らえない。

元カレの言動も重い。周囲の理不尽な期待すら重い。色んなものが重い。そして、私自身が重いと言われた。

この瞬間のふわっとした感覚はとても心地がいい。

男性からのあの無意識ないやらしい目つきとからかいの言葉。

愛想笑いやお世辞、仕方なく相手にしているのをご機嫌と受け止めるバカなやりとり。

宙に舞う私からいろんな蟠りが重力につられて落ちていく。

体はどんどん軽くなって、体と記憶がバラバラになっていく。

私を型どってきた様々な人や物、景色がぐっと遠くに感じていく。

「ようやく軽くなった」

しがらみが離れていくのをハンドルを握りしめてアクセルを踏み込む。

メロンちゃんはもう話すことはない。ガソリンを気にせず私は長いドライブを楽しむことにした。

美味しいご飯を食べます。