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女と女の約束52 中指で指す

石川角白
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https://twitter.com/tacklesun/status/1555073068334100486


「十年前、夫が妻に轢(ひ)き殺された事件があったけど憶(おぼ)えている?」
「十年前! まさかでしょう? 僕は犯罪オタクじゃありません。たまたまプログラムの関係で地下に回されただけなんです。正直、去年の事件だって憶えちゃいませんよ」
 喜屋武(きやん)は「正直に言うと」の「に言うと」を省略(しょうりゃく)した。
 彼は一応、刑事なのだが実際には地下に隔離(かくり)された県警のデジタル資料全般を扱(あつか)っている時間が長い。やたらと敬礼(けいれい)するような癖(くせ)は無い。
 恵理(えり)は欲しい資料のメモと封筒を手渡した。喜屋武(きやん)は店内の監視カメラの死角になっていることを確認し、封筒から紙幣(しへい)だけを抜き出して財布へ収めた。
 それから暫(しばら)くメモを睨(にら)んでから眼を閉じ、なにやら野球のブロックサインのような仕草をした。喜屋武(きやん)自身が考え出した暗記術だという。
 終わると手渡されたメモ用紙を重ねては引き裂(さ)いて掌中(しょうちゅう)に収めた。まるで手品師のようだ。その握(にぎ)り拳(こぶし)に息を吹き込むと四方八方に桜吹雪(さくらふぶき)が舞うのかもしれないと恵理(えり)はいつでも思ってしまう。
「いつ頃になる?」
「県警本部のデータベースに入っていれば明日の午前中にでもメールできます。ただ、十年前だと、まだデジタル化の端境期(はざかいき)ですから移行が完了してなかったかもしれません。もし紙のファイルの状態なら僕の専門外ですからね。最悪、この名前以上の情報の入手は不可能かもしれません」
 喜屋武(きやん)は「最悪の場合」の「の場合」を省略しながら中指でこめかみを突いた。この男、人差し指ではなく中指で物を指す癖がある。

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