見出し画像

君の書く文を愛した僕は

君の書く文を愛した僕は微睡みを手放さないでいられるから、君の夢を見ないで済む。君が夢に出てきたなら、僕の傷は花を咲かせる土壌としては最適な裂け目となるだろう。二人で紫色の花を見下ろし、朝と夜の反転がもたらす色艶の変化を楽しんで、いつ瑞々しい緑の茎を切り取り、花弁をすり潰して甘い薬にし、飲み干そうかと相談し合うのは至上の喜びだった。花弁の朝露と夜露の透明度の違いで僕と君は一度だけ喧嘩をした。太陽と月の光の違いのせいだろうということで一応は決着したけれど、僕は納得していなかった。夢の山奥で湧き出した水と、君のいる現実から持ち込まれた水とでは透明に蓋をする別の透明を見れるかどうかで差異があるからだ。見抜けるか見抜けないかで夢の崩落に対して抵抗する素質があるかどうかがはっきりする。君にはその素質がなかった。だから、君は君の夢の崩落のあと、僕の夢へとやって来れたわけだ。長い道のりだったろうと僕が聞くと、君はそうでもなかった、身体を横にしてなんとか通れる細長い廊下を直進してくるだけでよかった、ただ明るすぎる昼白色の電球が眩しくて、時々視野が欠損したかのようにところどころに丸い暗闇が現れてはゆっくり消えていくのが見え、意識を失いそうになっていたと答え返した。紫色の花の汁に塗れた両手を胸の前に出して手のひらを内側に向け、まるでこれから手術に取り掛かろうとする医師のように張りつめた顔をして。君は僕の夢を切り刻もうとでもいうのか。だったら、早い方がいい。でないと膨らんだ僕の夢が君を飲み込み、食い尽くすか、風船同士の口移しで夢の空気を送り込み、君の萎んだ夢の崩落を膨らませてしまうかもしれない。紫色に腫れ上がった君の夢を僕は見たくない。そうなる前に君を僕の夢の開花から追い出したい。紫色が黒ずんで、もしくは黄ばんでいく過程を見せないで済ませるなら、どんなことだって、手を汚すのだって厭わないだろう。ただし夢の手は空中の砂に揉まれて、すぐに清められてしまうけれど。君を僕の夢から覚ますための方策を練っている間が至上の喜びだった。僕たちは歩いた。砂埃の舞う細長い未舗装の砂利道を。両脇は深い霧に包まれ、田園地帯らしき風景が広がっているように想像できる。一本の樹を挟んで三叉路が現れた。北西の道を指差して、僕は言った。あっちへ行ってはいけない。あそこにあるのは望みを断たれた者たちの寝所だから。夢から覚めないでいることを選んだ者たちの静かな死に場所だから。君の書いた文が持ち込まれたが最後、君の夢の崩落の震動が伝わり、あの者たちは行くあてもなく、散り散りになって、現実の君に襲いかかってくるだろうから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?