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岩波少年文庫を全部読む。(14)児童文学界のライオットガール登場 アストリッド・リンドグレーン『長くつ下のピッピ』

(初出「シミルボン」2020年12月31日

世界一つよい女の子という、ライオットガール的表象

 『長くつ下のピッピ 世界一つよい女の子』は作者リンドグレーンが幼い娘カーリンに語った物語です。

わたしの名は、ピッピロッタ・タベルシナジナ・カーテンアケタ・ヤマノハッカ・エフライムノムスメ・ナガクツシタ。かつては海の脅威であり、いまは黒人の王なる船長エフライム・ナガクツシタの娘よ。〔73-74頁〕

 水難で行方不明となった船長の娘である赤毛の少女ピッピが、チンパンジーのニルソン氏を連れて、町はずれの父の家にやってきます。

 隣家セッテルグレーン家のきょうだいトミーとアンニカは典型的な「いい子」。大人の干渉を受けないピッピの独立自由な生活、馬をも軽々と持ち上げる怪力、快楽原則に忠実な行動に目を見張ります。

 本書は童話ならではの荒唐無稽さを生かして、1990年代の米国西海岸で発祥したライオットガール(フェミニズムに影響されたパンク)ムーヴメントさながらの活躍を描きます。

題名の由来

 大塚勇三による巻末「訳者のことば」に、本書の由来が書いてあるのですが、これがおもしろい。訳者が外交官でやはりリンドグレーン作品を数多く翻訳している尾崎よしよしから聞いた話として紹介しています。

 本書が生まれるきっかけとなったのは、まだ幼い娘がウェブスター『あしながおじさん』Daddy-Long-Legs, 1912。スウェーデン語題Pappa Långbenパッパ・ロングベーン、『長あしのパパ』)をもじって

Pippi Långstrump〔ピッピ・ロングストルンプ〕(長くつ下のピッピ)という女の子の名をかんがえつき、そして「その子のお話をして!」とおかあさんにせがみました。そこでリンドグレーンが、まい晩、ピッピの活躍をつぎつぎに話してやるうちにこの物語ができあがりました。

 これが作者の2冊目の単行本にして国際的なブレイク作となったわけですから、娘の他愛ない言葉遊びが世界的児童文学者を世に出したということになります。ただこの話は、スウェーデン語版Wikipediaにも見られないのですが…。
 なお、この話のソースとされる尾崎義自身も本書を翻訳し(講談社青い鳥文庫版)、岩波少年文庫では同じ作者の《カッレくん》シリーズなど5作を訳出しています。

 僕は『あしながおじさん』(続篇も含め)はかなり好きな作品なのですが、年長者の期待に応えるジルーシャ・アボットと、それから逸脱しつづけるピッピとは、その点ではたしかに正反対ですね。

 ところで、ピッピは〈赤毛〉なのに、その父エフライム船長は〈黒人の王〉であるとは、どういうことでしょうか? この少々キナ臭い話題については、シリーズ完結篇をあつかう第14回で余裕があれば少しだけ触れたいと思います。

 なお本書は、高畑勲・宮崎駿・小田部羊一らによって1971年にアニメ化の企画が持ち上がりながらも頓挫したそうです。

Astrid Lindgren, Pippi Långstrump (1945).
大塚勇三訳、桜井誠挿画。巻末に「訳者のことば」を附す。
1990年7月2日刊行、2000年6月16日新装版。

アストリッド・リンドグレーン 1907年スウェーデン、ヴィンメルビュー生まれ。サムリアル高校卒業後、地方紙編集部勤務を経てストックホルムで秘書養成学校に学ぶ。出版関連会社で働きつつ執筆活動。本書および『名探偵カッレくん』(岩波少年文庫)でラーベン&ショーグレーン社の児童文学懸賞第1席、本書でスヴェンスカ・ダーグブラーデット文学賞、ルイス・キャロル・シェルフ賞、本書および『やねの上のカールソン』でソ連微笑みメダル、『親指こぞうニルス・カールソン』(以上岩波書店)でニルス・ホルゲルション杯、『ミオよ、わたしのミオ』でドイツ児童図書賞、『さすらいの孤児ラスムス』で国際アンデルセン賞、『はるかな国の兄弟』(以上岩波少年文庫)で書店援助賞、コルチャック賞。他にドイツ出版業界平和賞、スウェーデンアカデミー金メダル、ヴィンメルビュー文化賞、スウェーデン動物保護協会動物の友賞、ライト・ライヴリフッド賞、ゴールデンアーク賞など。作品には他に『山賊のむすめローニャ』(岩波少年文庫)など。レスター大学およびワルシャワ大学名誉博士。2002年歿。

大塚勇三 1921年満洲旧安東(遼寧省丹東)生まれ。東京帝大法学部卒業後、平凡社勤務中より北欧、ドイツ、英語圏文学を翻訳。モンゴル民話(とされるもの)を再話した『スーホの白い馬』(福音館書店)で産経児童出版文化賞。訳書にリンドグレーン『やかまし村の子どもたち』(岩波少年文庫)、プリョイセン『小さなスプーンおばさん』(学習研究社)など。2018年歿。

桜井誠 1912年静岡生まれ。静岡中学校から同舟舎絵画研究所に学び、卒業。洋画や児童書挿画で活躍。1983年歿。

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