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【小説】トリック・ライターのボクが異世界転移したら名探偵貴族に? 第1話④

転章■現れたのは美少年侍従長

   1

「墓場をウロウロしても、怪しまれない人間」
 ボクは、声をひそめた。
 他の囚人には聞かれたくなかったし。
 獄卒二人も、僕の次の言葉に、集中している。
「そうなると、可能性があるのは2人しかいない。首切り役人か───教会の関係者……」
 最後の言葉は、もっと声を潜めて言った。
 この国では、聖職者はボクらの時代とは比べ物にならないぐらい、尊崇リスペクトされてるはずだから。迂闊なことを言えば、激昂した獄卒に、ボクが危害を加えられるかもしれない。
 なにしろ、手には尖槍スピアーを持っている。格子の隙間からニュッと差し込まれたら、ボクの心臓を突き破るまで3秒もかからない。
「殺した理由は?」
「怨恨でしょうけれど、次の正式な神父の座を争っていた人物か、金を借りてた人間か、あるいは……恋人関係かも」
 いつでも後ろに飛び退れるように、爪先に重心を移して、ボクは身構えた。
 この時代、同性愛は死刑……それも火炙ひあぶりりの刑に処される大罪だ。
 歳上の獄卒は、絞り出すように小さな声で、ボクにだけ聞こえるようにげた。
「ワシらの手に余る。……が、捨て置くわけにもいかんで、それなりの立場の御方に、そっと知らせておく。他の囚人には言うなよ」

   ◆

 『教会生首すり替え殺人事件(仮題)』の推理から2日、そいつはやってきたんだ。
「こ、これは侍従長殿!」
 自分の息子のような若い青年──ぎり少年と言っていい──に、初老の獄卒は急に言葉遣いも改め、尖槍の穂先を下に向ける礼をった。
 誰だ、コイツ? 侍従長? 執事とは違うのね。
 鳥の羽がついた洒落た帽子から、巻き髪の金髪がこぼれ出ていて、薔薇色の頬に高すぎない鼻梁はな、唇は健康的にあかく、髭はまだない。
 ハッキリ言って、美少年だと思う。
 ルノアールの絵画に出てきそうな。アレ、名前はイレーヌ嬢だったけ? 彼女は亜麻色の髪だったけど。あれを金髪の男性にしたような感じ。
 青と白の縞模様の上着に葡萄色ワインレッドのタイツ、靴は硬そうな革製。けっこう重そう。牛革か? 蹴られたら痛そう。でも、ヒールがない、ずいぶん古いタイプだ。
「新しい囚人が入ったようだが……変な者はいたか?」
 そう言われて獄卒の二人、首だけターン。
 だから、こっちを見るな、こっちを!

「実は泥棒を探している。それも、できるだけ腕の良い泥棒だ」
「コソ泥なら何人か居りますが……」
「それではダメだ。さる高貴な方の部屋に忍び込み、ある物を盗み出し、盗んだことを気づかれずに戻ってこられる、凄腕の泥棒が入用いりようだ」
 なんともまぁ、大胆なことを言う人だ。
 ナントカとハサミは使いようと言うが、犯罪をこれから起こすから、牢獄で人材をスカウトしますと、いきなり言うか?
 まぁでも、中国には鶏鳴けいめいとうってことわざもあったな。鶏のモノマネや盗みが得意な食客しょっきゃくかかえていたせいで、絶体絶命のピンチを乗り切った古代中国の偉人の故事成語。みやたに昌光まさみつの小説に出てた。『かんちゅう』だったっけ? それとも『あん』だっけ? うろ覚え。どっちでもいいや。
 この牢に入ってるのは、ロクでもない囚人ばかりで、死刑囚だ。いざとなったら口封じ、全員殺せばいい。ボクも含めて。
「いったい何を盗むので?」
「オマエらが知る必要はない」
 冷たい感じで言い放った金髪の侍従長に、若い獄卒は引きつった顔で平謝り。怖いねぇ。
「出過ぎたマネをしました。このことは、あの御方・・・・には報告せんでくださいませ」
「しないよ、あの方はこの程度のことで、怒ったりしない。秘密をペラペラ喋る人間が嫌いなだけだ」
 アタフタしながら言い訳する獄卒に、今度は呆れ顔になった侍従長は、ため息をひとつ。理知的だが、表情が豊かだ。その点ではルノワールというより、竹宮惠たけみやけい先生の漫画に出てきそうな美少年だな。名前はジルベールか?
 じょが見たら、ファンクラブが一夜で立ち上がりそうな。

   2

「ところで、例の囚人は、どいつだ?」
 ボクのことらしい。いっそのこと「オランダ!」と昭和の時代のギャグを言いつつ、手を上げてみたいね。この世界のリアルほんやくコンニャクの性能を調べるために。
 もっとも変な翻訳されたら、死ぬかもしれない。やっぱ、やめとこ。
「お~い、マリオン子爵の御息女殺しの囚人、ちょっと来い」
 だから、幼女は殺してないっちゅうの!
「あの、ボクになんの用ですか?」
 腹の底で思ってる言葉と、実際に口に出る言葉が、かいしすぎてるね、ボクも。これも売れない作家の卑屈さだよ、ええ。編集者との打ち合わせでは愛想笑いを浮かべてしゃべっていても、腹の中では毒を吐く。めんじゅう腹背ふくはいとは、よくぞ言ったもんだ。
「おまえか、知恵者と評判の囚人は……。そうだなぁ、仮にD卿とでもしておこうか。コイツがある御婦人の、手紙を盗んでな」
 おいおい、いきなり秘密の暴露か~いッ! 単刀直入ストレートにも、ほどがあるぞ?
 マジに、使えないとわかったら即、口封じする気か?
 獄卒二人を脅しておいてから、それやる?
 頭がいい人間ってのは、時に意地悪だ。怖い怖い。
「その手紙を取り戻したいのだが──最初に送り込んだ部下は、何も見つけられずにノコノコ戻ってきた。次に知り合いの掏摸すりに頼んだが、コイツも成果なし、ダメだった。そこで人材を得に牢に来た。〝パン作りに関してはパン屋が常に一番だ〟と昔から言うだろう?」
 餅は餅屋、の意味らしい。これは上手く翻訳されないらしい。ほんやくコンニャクのアルゴリズムが、サッパリわからん。

「あ、あの……」
 思い切って声をかけたボクに、獄卒の哀れっぽく見る視線が痛い。おまえにゃ無理だという目だ。うっさいなぁ。
 こっちはひるんでちゃダメなんだよ、生命がかかっているんだから。
「ひょっとしてボク、その盗まれた手紙の、分かるかも……しれません」
「おまえが? おまえごときが? 私がほしいのは凄腕の泥棒であって、謎当てごっこの話し相手じゃないぞ」
 疑いというよりも、頭から馬鹿にした感じで、侍従長はボクの顔をジロジロと見ていた。女だったら、見つめられてポッとなるシチュエーションだが。なまじ美少年だから、かえって怖いって。やめてくれ、ジルベールくん。
 その視線を跳ね返すため、大声で宣言してやった。
「実はボク、魔法使いなんです!」

 このハッタリは効いた。
 どうもこの世界は、中世かもっと古い時代の、ヨーロッパらしい。安直な異世界転生モノの定番だからね。
 であるならば、魔法とか魔法使いを心底、人々は信じてるに違いない。
 案の定、獄卒二人の目に先ほどまではなかった、恐怖が浮かんでいる。
 金髪侍従長も、口を軽く開いてる。半開きってやつだ。
 たたみ込め、たたみ込め~ボク!

   3

「あの、コインでもボタンでも小石でもいいんで、ボクに貸してもらえますか?」
 一気に押せ押せ、がんばれボク!
「獄卒ふぜいが貨幣コインなど持ちあわせるはずあるまい? どぉれ、私が貸してやろう」
 侍従長と呼ばれた美少年は、銅貨を一枚、投げて寄こした。歪な形のコインで、ちゅうぞうじゃない。たぶんハンマーで叩いて、打ち出したタイプだろう。鍛造たんぞうだっけ?
 落ち着けボク、同志社大学推理研での、新歓コンパを思い出せ。
 コインを包み込むように握りしめた。
「この右手のひらにのせたコインが───オンマリシエイソワカ……」
「なんじゃいな、それは?」
「異国の言葉……それは詠唱呪文Chanting Spellsか?」
 驚いてる、戸惑ってる。西洋ファンタジーには詳しくないので、適当に呪文を唱えてみた。
 クリスティの作品に出てくるマザーグース───ダレガコマドリコロシタノ、でも良かったんだけどさ。パパンがパン!
 さすがに相手が知ってたらマズイからね。角川映画『里見八犬伝』は、知らんだろ? あの頃の薬師丸ひろ子さんは、ムッチャかわいかったぞ〜。
「……ろうじろ」
 そう言ってボクが手の平を開くと、コインは消えていた。
「なくなった! 銅貨が!」
「どこに隠した!?」
 慌てふためく獄卒ズに、余裕たっぷりに振る舞う。
 こういうのは、わざとらして翻弄ほんろうするのが、コツだからね。

「ちゃんとお返しするってボク、お約束しましたよね」
 右手をグバッとを広げながら、ボクは前に突き出した。
「手を差し出してください」
「こ、こうか?」
 獄卒ビビってる、ヘイヘイヘイ!
 おそるおそる差し出された獄卒の手の平の上に、自分の右手を重ねてボクは、さっきよりはもうちょっと芝居がかった感じで、呪文を唱えてみた。目をつぶって、眉間にしわを寄せ、腕を小刻みにプルプルと震わせて。役者やのう〜。
「リンペイ…トウシャカイジン……レツザイ……ゼン!」
 いいかげんな呪文だね、どうも。九字を切りたいぐらいだ。おうぎまいちゃんって、美少女に教わったんだけどさ。

「さっきの呪文より、だいぶ長いな……」
 侍従長の言葉が終わらないうちに、銅貨がポトリと手のひらに落ちた。最高のタイミングで。
「うひょ? どど、どっから取り出したァ!」
「ハンドパワー──精霊の力を借りたのです」
 目を白黒させる獄卒に、すかっとさわやかな笑みを浮かべて、告げた。
 ボクが幼稚園の頃、超魔術ブームだったのよ。
 大学のミステリー研究会で教えてもらった、初歩的なテーブル・マジックが役に立つとは、実はこっちの方が驚いているよ。

   4

「魔術じゃ、魔術に違いねぇ!」
 ボクからしたら、テレビやデパートの実演販売で、飽きるほど見かけてきた初歩の手品。だが、この時代の人間にはたぶん、生まれて初めて見た魔術だ。
 南米奥地のインディオが、生まれて初めて手品を見た時と、まるで同じ反応をしている。小学生の頃、テレビで見ただけだけどね。
 ここで一気に電車道で寄り切るしかない。がぶり寄りだ。
「信じていただけましたか? ボクの魔力を使って占ったならば、盗まれた手紙の在り処も、たちどころに判明するでしょう」
 んな自信はない。断言できる。
 だがどのみち、このままでは死刑になる身だ。イチかバチか、一筋の可能性に賭けてみるしかないのだよ、明智くん。
 蜘蛛の糸にすがる、カンダタの気分だよ。
 でも下は見ない。高所恐怖症だし。
「その手紙はD大臣……じゃねぇ、D卿の部屋の───」
「待て、答えは私の部屋で聞こうか」
 今の今まで黙って聞いていた、エビ色のタイツを履き帯刀した巻き毛の金髪美少年が、急に言葉を発した。

 その聡明そうな瞳に、ボクは何やら親しみを感じていた。
 美少女だからではなく。
 言葉では上手に表現できないのだけれど、彼にはどこか、知性を感じたから。
 持って生まれた知恵というよりは、勉学を積み重ね知識を溜め込んだ人間特有の、聡明さというか。
 大学の教授の持つ雰囲気、と言えば一番近いだろうか?
「我が名はクラレンス。さる貴族の侍従長だ」
 猿の貴族ですかウッキー、なんて古典的ボケは呑み込んで。
 ジルベールじゃなかったのね。
 この若さで侍従長、しかも牢屋に気軽に出入りできるってことは、年齢に見合わずかなりの身分なのだろう。それとも仕えている貴族がそもそも、かなり高貴なのか?
 囚人を牢から出す、強い権限もある。ボクの勘もなかなか冴えてるよ。
「ここは昔──といっても3年前だが──私も獄卒として仕事をしておった。そこな若造のようにな」
「立身出世、おめでとうございまする」
「いやいや、ここでは敬語はやめていただきたい。その節はお世話になりもうした」
 それ、児童福祉法違反では? むぎとうげは見えますか?
「だが今、我が仕えし御方は本邦ほんぽう最高の大魔法使いとして、知らぬ者なき存在。3年前には日輪をおおかくし、メルリヌスの石塔を雷光バルカで木っ端微塵にして見せた。そこな囚人の魔術とは、だいぶ違うがな」
 クラレンスと名乗った美少年は、悪戯いたずらっぽく笑った。
 ボクの顔面の筋肉は、人生最高レベルで引きつった。ウソぉ……。

 牢屋から出してもらい、少年侍従長の7歩ほど後ろを、ボクはついて歩いた。
 3歩下がって師の影を踏まず。7歩下がって侍従長の影を踏まず。
 なんだよ大魔法使いって。
 ホグワーツ魔法魔術学校の校長先生かよ?
 初歩の手品でうまく騙せたと思ったら、本物がきちゃったぜ。
 やっぱり、ホウキに乗って空を飛ぶのかな?
 黒猫を連れて、パン屋に居候して宅配便屋を始めたりするのかな?
 いや待てよ?
 そもそも魔法なんて、本当にあるのか?
 その大魔法使いとやらも、簡単な手品で周囲をだまくらかしてるだけじゃないのかな。
 いや、ちょっと待て。
 ボクがこうやって異世界転移してるんだから、ひょっとしたらこの世界には、本物の魔法使いがいるのかもしれない。
 獄卒たちが「あの御方・・・・」と恐れまくってた御仁は、間違いなく実在するのだ。
 ヤバイよヤバイよ。
 ヴォルデモート卿みたいなのが現れたら、八つ裂きにされるかも。
「どうした囚人、さっきから顔色が悪いぞ?」
 あんたのせいだ、あんたのッ!
 頭の中でいろんな妄想がグルグル回っているボクに、クラレンス侍従長はニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。

 こいつ絶対、悪意があるな……。

To be continued in the next chapter...

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